チャンダ・ルビンとは? わかりやすく解説

チャンダ・ルビン

(Chanda Rubin から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2017/05/27 14:21 UTC 版)

チャンダ・ルビン
チャンダ・ルビン
基本情報
ラテン文字名 Chanda Rubin
国籍 アメリカ合衆国
出身地 同・ルイジアナ州ラファイエット
生年月日 (1976-02-18) 1976年2月18日(41歳)
身長 168cm
体重 58kg
利き手
バックハンド 両手打ち
ツアー経歴
デビュー年 1991年
引退年 2007年(最終出場年)
ツアー通算 17勝
シングルス 7勝
ダブルス 10勝
生涯通算成績 626勝415敗
シングルス 399勝254敗
ダブルス 227勝161敗
生涯獲得賞金 $4,470,180
4大大会最高成績・シングルス
全豪 ベスト4(1996)
全仏 ベスト8(1995・2000・03)
全英 4回戦(2002)
全米 4回戦(1992・95・2002)
4大大会最高成績・ダブルス
全豪 優勝(1996)
全仏 ベスト4(2003)
全英 ベスト4(2002)
全米 準優勝(1999)
優勝回数 1(豪1)
4大大会最高成績・混合ダブルス
全米 ベスト4(1995)
キャリア自己最高ランキング
シングルス 6位(1996年4月8日)
ダブルス 9位(1996年4月15日)

チャンダ・ルビンChanda Rubin, 1976年2月18日 - )は、アメリカルイジアナ州ラファイエット出身の女子プロテニス選手。1996年全豪オープン女子ダブルス優勝者である。黒人選手で、ジェニファー・カプリアティリンゼイ・ダベンポートと同じ年にあたる。自己最高ランキングはシングルス6位、ダブルス9位。身長168cm、体重58kgと小柄な体格だが、軽やかなフットワークを持ち味とする。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。WTAツアーでシングルス7勝、ダブルス10勝を挙げた。

来歴

1991年8月に15歳でプロ入り。1995年全仏オープンでベスト8に進出した時、4回戦で日本杉山愛を 6-2, 1-6, 6-2 で破ったが、準々決勝でアランチャ・サンチェス・ビカリオに 3-6, 1-6 で敗れた。この年、19歳のルビンはWTAアワードの「最も進歩した選手賞」(Most Improved Player of the Year)に選出された。1996年全豪オープンでルビンは4大大会の自己最高成績を挙げ、モニカ・セレシュとの準決勝まで進出した。この大会でルビンは驚異的な粘り強さを披露し、アランチャ・サンチェス・ビカリオとの準々決勝では 6-4, 2-6, 16-14 で競り勝ち、準決勝では刺傷事件から復帰したばかりのセレシュに 7-6, 1-6, 5-7 のスコアで惜敗した。サンチェス・ビカリオとの準々決勝は、試合時間:3時間33分で当時の全豪オープン女子シングルス史上最長試合であった。(現在の最長試合は2011年フランチェスカ・スキアボーネが 6-4, 1-6, 16-14 でスベトラーナ・クズネツォワに勝利した試合の4時間44分である。)ルビンとサンチェスは、この大会で女子ダブルスのコンビを組み、決勝でリンゼイ・ダベンポート&メアリー・ジョー・フェルナンデス組を 7-5, 2-6, 6-4 で破って優勝した。ところが、テニス経歴が軌道に乗ったばかりの時にルビンは右手首を骨折し、同年の6月から11月まで試合欠場を余儀なくされた。

右手首の故障から復帰した後、しばらくは低迷期が続いたが、2000年全仏オープンで5年ぶり2度目の準々決勝進出を果たした。それから、2002年全仏オープンから2003年全豪オープンまで4大会連続の4回戦に進出し、2003年全仏オープンで3年ぶり3度目のベスト8に入る。2003年はツアーで2度の優勝と3度の準優勝を挙げ、上位選手の欠場により女子年間最終戦・WTAツアー選手権にも繰り上がりで出場し、年間最終ランキング9位につけるなどキャリア最高の年を送った。しかし2004年から慢性的な左膝の故障に悩まされ、2005年度はほとんど試合に出場できなかった。2006年全米オープンには主催者推薦で出場したが、1回戦で第9シードのニコル・バイディソバに敗れている。シングルスでは2006年10月のカナダケベックシティ大会を最後に出場が途絶え、1年後の2007年10月にサンフランシスコで行われたツアー下部のサーキット大会ダブルス部門において、同じアメリカ人選手のアシュリー・ハークルロードと組んで2回戦に進出したのを最後にツアー出場が途絶えている。

ルビンは後進の育成にも積極的に取り組み、2001年から2005年の毎年9月から11月期にわたって、主にジュニア1-2年目の若手が出場する下位グレードの大会を中心に、自分の名前を冠したアメリカ各地を転戦するITFジュニアツアー大会を年4-7大会主宰していた時期があった。これらの大会で優勝したジュニア選手の中から、マリア・シャラポワロシア)やアレクサンドラ・ウォズニアクカナダ)などのトップ選手たちが育ってきた。

WTAツアー決勝進出結果

シングルス: 19回 (7勝12敗)

大会グレード
グランドスラム (0–0)
ティア I (0–1)
ティア II (3–4)
ティア III (3–5)
ティア IV & V (1–2)
結果 No. 決勝日 大会 サーフェス 対戦相手 スコア
準優勝 1. 1991年11月3日 フェニックス ハード サビーネ・アペルマンス 5–7, 1–6
準優勝 2. 1994年2月13日 シカゴ ハード ナターシャ・ズベレワ 3–6, 5–7
準優勝 3. 1995年6月25日 イーストボーン ハード ナタリー・トージア 6–3, 0–6, 5–7
準優勝 4. 1995年8月13日 ロサンゼルス ハード コンチタ・マルティネス 6–4, 1–6, 3–6
準優勝 5. 1996年3月30日 マイアミ ハード シュテフィ・グラフ 1–6, 3–6
優勝 1. 1997年2月9日 リンツ ハード (室内) カリーナ・ハブストバ 6–4, 6–2
準優勝 6. 1998年11月1日 ケベックシティ ハード (室内) タラ・スナイダー 6–4, 4–6, 6–7(6)
優勝 2. 1999年1月17日 ホバート ハード リタ・グランデ 6–2, 6–3
準優勝 7. 1999年11月7日 ケベックシティ ハード (室内) ジェニファー・カプリアティ 6–4, 1–6, 2–6
準優勝 8. 2000年1月15日 ホバート ハード キム・クライシュテルス 6–2, 2–6, 2–6
優勝 3. 2000年11月5日 ケベックシティ ハード (室内) ジェニファー・カプリアティ 6–4, 6–2
準優勝 9. 2002年5月25日 マドリード クレー モニカ・セレシュ 4–6, 2–6
優勝 4. 2002年6月22日 イーストボーン アナスタシア・ミスキナ 6–1, 6–3
優勝 5. 2002年8月11日 ロサンゼルス ハード リンゼイ・ダベンポート 5–7, 7–6, 6–3
優勝 6. 2003年5月24日 マドリード クレー マリア・サンチェス・ロレンツォ 6–4, 5–7, 6–4
優勝 7. 2003年6月21日 イーストボーン コンチタ・マルティネス 6–4, 3–6, 6–4
準優勝 10. 2003年9月14日 バリ ハード エレーナ・デメンチェワ 2–6, 1–6
準優勝 11. 2003年9月21日 上海 ハード エレーナ・デメンチェワ 3–6, 6–7(6)
準優勝 12. 2003年10月26日 ルクセンブルク ハード (室内) キム・クライシュテルス 2–6, 5–7

ダブルス: 17回 (10勝7敗)

結果 No. 決勝日 大会 サーフェス パートナー 対戦相手 スコア
優勝 1. 1993年9月26日 東京 ハード リサ・レイモンド アマンダ・クッツァー
リンダ・ワイルド
6–4, 6–1
優勝 2. 1994年1月16日 ホバート ハード リンダ・ワイルド ジェニー・バーン
レイチェル・マッキラン
7–5, 4–6, 7–6
準優勝 1. 1994年11月6日 ケベックシティ ハード
(室内)
リンダ・ワイルド エルナ・ライナッハ
ナタリー・トージア
4–6, 3–6
優勝 3. 1995年5月14日 プラハ クレー リンダ・ワイルド Maria Lindström
Maria Strandlund
6–7, 6–3, 6–2
準優勝 2. 1995年10月8日 チューリッヒ ハード
(室内)
カロリネ・ビス ニコル・アレント
マノン・ボーラグラフ
4–6, 6(4)–7, 4–6
優勝 4. 1996年1月28日 全豪オープン ハード アランチャ・サンチェス・ビカリオ リンゼイ・ダベンポート
メアリー・ジョー・フェルナンデス
7–5, 2–6, 6–4
優勝 5. 1996年2月25日 オクラホマシティ ハード
(室内)
ブレンダ・シュルツ=マッカーシー カトリナ・アダムス
デビー・グラハム
6–4, 6–3
優勝 6. 1996年3月17日 インディアンウェルズ ハード ブレンダ・シュルツ=マッカーシー ジュリー・アラール=デキュジス
ナタリー・トージア
6–1, 6–4
優勝 7. 1996年4月14日 アメリアアイランド クレー アランチャ・サンチェス・ビカリオ メレディス・マグラス
ラリサ・ネーランド
6–1, 6–1
準優勝 3. 1997年9月21日 東京 ハード ジュリー・アラール=デキュジス モニカ・セレシュ
杉山愛
1–6, 0–6
準優勝 4. 1998年10月26日 ケベックシティ ハード
(室内)
サンドリーヌ・テスチュ ロリ・マクニール
キンバリー・ポー
7–6(3), 5–7, 4–6
準優勝 5. 1999年9月12日 全米オープン ハード サンドリーヌ・テスチュ セリーナ・ウィリアムズ
ビーナス・ウィリアムズ
6–4, 1–6, 4–6
優勝 8. 1999年10月10日 フィルダーシュタット ハード
(室内)
サンドリーヌ・テスチュ ラリサ・ネーランド
アランチャ・サンチェス・ビカリオ
6–3, 6–4
準優勝 6. 1999年11月14日 フィラデルフィア カーペット (室内) サンドリーヌ・テスチュ リサ・レイモンド
レネ・スタブス
1–6, 6–7(2)
優勝 9. 2000年7月30日 スタンフォード ハード サンドリーヌ・テスチュ カーラ・ブラック
エミー・フレージャー
6–4, 6–4
優勝 10. 2000年10月22日 リンツ カーペット (室内) アメリ・モレスモ 杉山愛
ナタリー・トージア
6–4, 6–4
準優勝 7. 2001年10月28日 リンツ カーペット (室内) エルス・カレンズ エレナ・ドキッチ
ナディア・ペトロワ
1–6, 4–6

4大大会シングルス成績

略語の説明
W  F  SF QF #R RR Q# LQ A WG Z# PO SF-B S G NMS NH

W=優勝, F=準優勝, SF=ベスト4, QF=ベスト8, #R=#回戦敗退, RR=ラウンドロビン敗退, Q#=予選#回戦敗退, LQ=予選敗退, A=大会不参加
WG=デビスカップワールドグループ, Z#=デビスカップ地域ゾーン, PO=デビスカッププレーオフ, SF-B=オリンピック銅メダル, S=オリンピック銀メダル, G=オリンピック金メダル, NMS=マスターズシリーズから降格, NH=開催なし.

大会 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 通算成績
全豪オープン A A 1R 1R 4R 2R SF 4R 1R 4R 2R 1R A 4R 4R A A 22–12
全仏オープン A LQ 1R A 1R QF A 2R 4R 2R QF A 4R QF A LQ A 20–9
ウィンブルドン A A 1R 2R 1R 3R A 1R 3R 1R 1R 1R 4R 3R 1R A A 10–12
全米オープン 1R 2R 4R 3R 1R 4R A 1R 2R 1R 3R 3R 4R 1R 3R A 1R 19–15

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