2012年 トップ50入り、ロンドン五輪出場とは? わかりやすく解説

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2012年 トップ50入り、ロンドン五輪出場

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/03/29 02:34 UTC 版)

添田豪」の記事における「2012年 トップ50入り、ロンドン五輪出場」の解説

1月チェンナイ・オープンでは予選から勝ち上がり準々決勝ではスタン・ワウリンカ6-4, 6-4破りATPツアー初のベスト4進出した準決勝ではヤンコ・ティプサレビッチ1-6, 4-6敗れた2月10日日本27年ぶりに復帰したデビスカップワールドグループの1回戦クロアチア戦のシングルス第1試合で、世界ランク55位で格上イワン・ドディグ6-7(3), 3-6, 6-4, 6-3, 7-54時間5分のフルセット死闘の末、勝利1981年デビスカップ現行制度となってから、日本はワールドグループで1981年1985年戦った経験があったが、どちらも全試合敗退終わっており、この勝利日本人選手のワールドグループでの初勝利という歴史的な1勝となった。2勝2敗で迎えた最終試合イボ・カロビッチ6-7(4), 1-6, 4-6通算成績2勝3敗で惜しくも敗れ、初のベスト8には進めなかったが、2月13日付け世界ランキングで、90位から81位に上がった全仏オープンでは、シングルス1回戦ドミトリー・トゥルスノフ1-6, 4-6, 4-6敗退したものの、盧彦勳組んだ男子ダブルス1回戦ジェイミー・マリー/カーステン・ボール組に7-6, 4-6, 6-3勝利し全部門を通じて4大大会での初勝利を挙げた6月11日発表ランキングにより錦織圭と共にロンドンオリンピック出場獲得し五輪への初出場決定した6月27日には伊藤竜馬出場発表され五輪テニス競技日本男子選手が3人出場するのは、4人だった1924年大正13年)のパリオリンピック以来88年ぶりの快挙となった6月26日ウィンブルドンシングルス1回戦世界ランク116位のイーゴリ・クニツィンを6−3, 6−2, 6−1ストレート破り4大大会シングルスで初勝利を挙げた錦織圭1回戦突破しウィンブルドン2人日本人男子選手シングルス2回戦進んだのは、1973年昭和48年)の九鬼潤、坂井利郎以来39年ぶりの快挙となった2回戦では第9シードフアン・マルティン・デル・ポトロ2-6, 3-6, 6-1, 4-6敗れたアトランタ・テニス選手権では準々決勝錦織圭6-2, 6-1破りベスト4進出大会後ランキング自己最高の47位を記録しトップ50入り果たしたロンドン五輪ではシングルスでは1回戦マルコス・バグダティス7-6(6), 6-7(5), 2-6敗れた錦織組んだダブルスでも1回戦北京五輪金メダルフェデラー/ワウリンカ組に7-6(5), 4-6, 4-6敗れた全米オープンでは1回戦マーディ・フィッシュ6-7(3), 6-7(2), 3-6敗れた

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