1997年から2007年まで(メークミラクル)
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「メークドラマ」の記事における「1997年から2007年まで(メークミラクル)」の解説
以後、巨人がペナントレースで首位に大きく遅れをとると、各メディアが必ずメークドラマを書き立てることとなる。特にメークドラマのひとつのきっかけとなった円山球場での巨人主催試合(2001年以降は札幌ドームで開催)の時期が近づくと「札幌はメークドラマ発祥の地」などと大きく取り上げられる。だが1997年から2007年までの間は、巨人がシーズン序盤から首位だった2000年・2002年・2007年を除けば、巨人が大差から逆転優勝を果たしたケースはなかった(巨人以外のものでは、1998年のパ・リーグにおいて、西武ライオンズが首位日本ハムファイターズに付けられた最大10ゲーム差をひっくり返して、リーグ優勝している)。 1997年、前年以上にゲーム差が開くと、今度はメークミラクル(Make-Miracle)という言葉が誕生し、メークドラマを上回る大逆転劇をと話題になったが、Bクラスの4位に終わった。メークミラクルという言葉は、巨人が首位中日を猛追した1999年にも各メディアで使われたが、最終的に巨人は2位に終わった。2001年には終盤に巨人が首位ヤクルトに一時1.5ゲーム差まで迫る追い上げを見せ、ミラクルアゲインという言葉が誕生したが、こちらも巨人は2位に終わっている。 2003年、巨人が序盤の時点で首位阪神タイガースに大きく水を空けられ、メークドラマやメークミラクルが各メディアで使われ出した。日本テレビ系列『ズームイン!!サタデー』内「プロ野球熱ケツ情報」(巨人のことを取り上げることが多い)では「メークドラマとメークミラクルでは根本的に違う」「メークドラマでは巨人が逆転優勝できるが、メークミラクルではできないので、メークドラマを使おう」などと巨人ファンに呼びかける場面があった。しかし、この年は結局3位に終わった。 報道陣も首位から10ゲーム差以上離されるとなにかしらメークドラマという言葉にひっかけようとする風潮がある。実際、毎年巨人に限っては11.5ゲームを超えると限界越えなどとマスコミから追い討ちをかけるように騒がれる(これは後述の14.5ゲームを超えた場合も同様の事例がある)。しかし、11.5ゲームを逆転したメークドラマは130試合制であって、当時とは試合数の異なる現在では当てはまらないという声もあり、メークレジェンドはそれが見事的中した形となった。
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