1983年版への続報
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「ザ・ワールド・オブ・グレイホーク・ファンタジー・ゲーム・セッティング」の記事における「1983年版への続報」の解説
ワールド・オブ・グレイホーク の出版は、ガイギャックスのオアースに対する構想の第一段階であった。続く数年間に渡り、彼はオアリク大陸の別の各地方にフラネスと同等の詳細な歴史、地理、政治的要因を設定して出版することを計画した。ガイギャックスは、オアースの設定されていない半球についても、自分の個人的な覚書に地図を書いていた。このうちの一部はガイギャックスの仕事であろうが、レン・ラコフカとフランソワ・フロワドヴァルもまた、ガイギャックスがオアース上に配置することを望んだ素材を作成した。当時TSRのクリエイティブ・コンサルタントであったフランク・メンツァーは、彼のホーム・キャンペーン設定である「アクアリア」を背景としたRPGAトーナメント・アドベンチャーを4つ執筆した(TSRによってRシリーズ・モジュールの最初の4つとして出版された。R1 トゥ・ジ・エイド・オブ・ファルクス、R2 インベスティゲイション・オブ・ハイデル、R3 ジ・エッグ・オブ・ザ・フェニックス、R4 ドックス・アイランド)。メンツァーは、それらが新たな「アクア=オアリディアン」キャンペーンの最初の部分となり、フラネスを除くオアース上のどこかに配置されることを想定していた。 1983年版が出版された時までに、ガイギャックスは土曜朝のダンジョンズ&ドラゴンズ ・テレビアニメーション・シリーズの台本チェックのためと、D&D の映画製作契約を獲得するために、半恒久的にハリウッドに詰めていた。彼の指導なしでは、これらの計画の多くは実現しなかった。
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