野原古墳
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/26 14:20 UTC 版)
前方部を南南東に向けて築造された前方後円墳で、開墾によって墳形はかなり乱れていたが、発掘調査時に全長40メートル、高さ5メートル、後円部径16メートルと計測された。主体部は後円部と前方部に横穴式石室が確認されている。後円部の石室は、南西方向に開口する片袖形の横穴式石室である。副葬品は大刀2、鉄鏃19、刀子3が出土している。前方部の石室は、南東方向に開口する胴張りがある片袖形の横穴式石室である。副葬品は大刀1と刀子の破片が発見されている。 1962年(昭和37年)の採土工事中に朝顔形埴輪と形象埴輪(女子、男子頭部、さしば、大刀)が採取されている。6世紀後半の築造と考えられるが、後円部の石室は、前方部の石室より古い形態である。 東京国立博物館所蔵の埴輪「踊る人々(馬飼)」や「笠を被る男子頭部」はこの古墳から出土したとされている。 埴輪「踊る人々」(東京国立博物館蔵) 埴輪「笠を被る男子頭部」(東京国立博物館所蔵) 野原古墳群「踊る埴輪」モニュメント
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