那須への疑惑
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/20 16:20 UTC 版)
「弘前大教授夫人殺し事件」の記事における「那須への疑惑」の解説
一方、近隣住民であった那須隆は、事件の報を聞くや翌朝には現場に駆けつけて聞き込みを行っていた。のみならず、那須は犯人と思われる者を何人も警察へ通報し、自ら自転車で走り回っては不審人物を捜索し、自宅の周辺から血痕や凶器を発見しようと骨を折っていた。手柄を立てれば警官への道が開けると考えての行動であったが、役に立たない情報ばかり持ち込んでくる那須に対し、市警は逆に疑惑を抱くことになる。 さらに、那須宅付近からは実際にSのものと同じB型の血痕らしきものが発見されており(ただし、那須のABO式血液型もSと同じB型であり、那須宅付近の血痕と松永宅付近の血痕の間には道のりにして約200メートル、血液の検出されなかった区間がある)、現場に残されていた足跡を事件翌朝に追った警察犬も、臭いを追って那須宅の数件手前の地点まで達していた(ただし、この警察犬は松永宅付近の血痕があった地点には全く反応していない)。しかし、同年に行われた刑事訴訟法の抜本的改革によってさらに強力な証拠を必要としていた市警は、この段階でも那須の逮捕を躊躇していた。 そんな中、8月21日の夕方に那須は東奥義塾時代の後輩の家を訪ね、夕食後に後輩宅を辞した。この際に後輩宅へ那須が預けていったリンネル製の白いズック靴が市警に領置され、そのズック靴は市内の内科・小児科開業医である松木明のもとへ持ち込まれた。市の公安委員にして著名な民俗学者、地元の名士である松木によってズック靴の血痕鑑定が行われ、およそ2時間後に松木は「ズック靴には人血が付着している」と結論付けた(下表参照)。このズック靴を物証として市警は翌22日夕方に那須に任意同行を求め、那須はその時作業着として着用していた海軍用開襟白シャツを着替えながら、それに応じた。 同日19時50分、那須は殺人容疑で逮捕された。同時に行われた家宅捜索で、那須が脱いだばかりの開襟白シャツが、実包のない骨董品の拳銃などとともに押収された。
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