運用と早期離脱
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/11/30 06:36 UTC 版)
「名古屋市交通局800形電車 (軌道)」の記事における「運用と早期離脱」の解説
前述したとおり、全車が港車庫に所属した。加速力は評判がよく、軌道法における最高速度は40km/hとなっているが、この車両を用いた運行ではしばしば60km/hにも達する速度違反が行われていたという。 しかし軽量化に対しては、それゆえの問題が幾つか発生した。折り返し地点でのスプリング・ポイント(発条転轍機)ではしばしば車両が道路に乗り上げる脱線事故が発生した上、断熱材の量も節約したことから夏場は鉄板焼きのごとき暑さとなった。特に前面は大型1枚窓になっていたことから、運転士にとってはかなり過酷な勤務であったという。 また、ドラムブレーキは807以前については雨天時などによくドラム部分に水が入って効力が落ち、停留場で過走する事態を引き起こしていた。 さらに動力装置も新機構のため故障が多く、稼働率は高くなかった。結果として路面電車の撤去が始まった1969年には、港車庫の廃止とともに全車が運用を離脱し、渥美半島沖での魚礁とするため全車が海中に沈められた。
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