輞川
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/02/26 14:05 UTC 版)
輞川は、長安の東南に位置する藍田県にある、藍田山と嶢山の間から流れ、ハ水に注ぐ川である。王維は、その源流の30唐里ほど南のところに、かつて宋之問が別荘としていた土地を買い上げ、自分の別荘を建てた。近隣には多くの長安の名士たちが別荘を構えていた。これは、当時の道教と仏教の思想の融合した山間隠棲の風習にのったもので、王維によって、その流行が促されたとされる。 王維は開元年間より住み始め、天宝9載(750年)頃にほぼ完成する。そこで、同じく別荘を構えていた銭起らと交際していた。王維が清浄を好み、潔癖さを伝える説話も存在する。王維が友人の裴迪と交わした詩は「輞川集」としてまとめられた。一貫して、清浄に対する憧憬と幽遠の表現がテーマとなっている。 王維の別荘は、北垞・南垞という宅院、文杏館・竹里館・臨湖亭という茅亭、華子岡・斤竹嶺という岡、鹿柴・木蘭柴という囲い、漆園・椒園という園、辛夷塢・宮槐陌という道、孟城坳という名跡、金屑泉という泉、欹湖という湖、茱萸沜・柳浪・欒家瀬・白石灘という名所があり、「輞川集」に全て題材としてとられている。これを画に写したものは「輞川図」と名付けられ、転写されたものが世に流布し、唐末には各地で眺められ、刺青として入れるもの、料理にそれを形作ったものもあったと伝えられる。
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