衰退から解散 (1985年 - 1987年)
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1980年代の末期に差し掛かかると、グラムメタル(LAメタル)のムーブメントが終息に向かい、バンド人気も下降していく。 1985年11月に、4枚目のアルバム『カム・アウト・アンド・プレイ』をリリース。このアルバムは50万枚を売り上げ利益にはなったものの、前作のような大ヒットまでには至らなかった。アルバムではアリス・クーパー、ブライアン・セッツァー、ビリー・ジョエル、クラレンス・クレモンズなど著名ミュージシャンも制作に加わり話題となっていたが、肝心のツアーでのゲスト参加が流れ、当初の計画が頓挫してしまった。 また、アルバムのリリース後に、A.J.ペロが脱退。後任にはジョーイ・"7"・フランコ("7"というニックネームは、トゥイステッド・シスターにおける7代目ドラマーであることを意味している)が加入した。 1987年8月、5枚目のアルバム『ラヴ・イズ・フォー・サッカーズ』をリリース。アルバムはポップな路線でテコ入れを図るも、セールスは伸び悩む。リリースから約2ヵ月後の10月に、ディー・スナイダーが脱退。「アトランティック・レコード」はバンドとの契約を解消する。ボーカル不在となったバンドは、翌年1月に解散を発表した。
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