草部吉見神社とは? わかりやすく解説

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草部吉見神社

読み方:クサカベヨシミジンジャ(kusakabeyoshimijinja)

別名 吉見さん

教団 神社本庁

所在 熊本県阿蘇郡高森町

祭神 日子八井命 ほか

神社名辞典では1989年7月時点の情報を掲載しています。

草部吉見神社

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/10/14 07:34 UTC 版)

草部吉見神社
所在地 熊本県阿蘇郡高森町草部2175
位置 北緯32度46分57.5秒 東経131度13分4.7秒 / 北緯32.782639度 東経131.217972度 / 32.782639; 131.217972 (草部吉見神社)座標: 北緯32度46分57.5秒 東経131度13分4.7秒 / 北緯32.782639度 東経131.217972度 / 32.782639; 131.217972 (草部吉見神社)
主祭神 日子八井命(国龍神)
社格 郷社
創建 孝霊三年(約紀元前288年)
本殿の様式 流造
別名 吉見大明神社
例祭 7月31日
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草部吉見神社(くさかべよしみじんじゃ)は、熊本県阿蘇郡高森町に鎮座する神社である。旧社格郷社日本三大下り宮の一社。

由緒

神武天皇の第一皇子である日子八井命(国龍神)を主祭神とする。日子八井命は、神武天皇東征の時、高千穂より五ヶ瀬川に沿ってこの地に来て、池の大蛇を退治し、池を埋めて宮居を定められた。館は草を束ねて壁とされた事により、この地方を草部と呼ぶようになった。さらに「此社吉宮床(ここぞよきみやとこ)」と言われた事により、吉見という社号を称するようになったと伝わる[1]

もともと池であったという伝えの通り、鳥居より石段を百数十段下ったところに社殿が鎮座している。このため「下り宮」とも呼ばれ[2]鵜戸神宮宮崎県日南市)、一之宮貫前神社群馬県富岡市)とともに日本三大下り宮の一社とされている。明治6年郷社に列した。

祭神

出典

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  1. ^ 角川日本地名大辞典編纂委員会編『角川日本地名大辞典43 熊本県』角川書店、1987年、408頁
  2. ^ 熊本日日新聞編纂・発行『熊本県大百科事典』、1982年、227頁

参考文献

  • 熊本県教育会『阿蘇郡誌』熊本県教育会阿蘇郡支会、1926年、328-331頁
  • 鈴木喬 『熊本の神社と寺院』 熊本日日新聞社、1980年、64-65頁
  • 日本歴史地名大系44『熊本県の地名』平凡社、1985年、350頁
  • 阿蘇惟之編 『阿蘇神社』学生社、2007年、222-224頁

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