自然医学
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/09/25 22:57 UTC 版)
自然医学
自然医学(しぜんいがく、英: Natural medicine)は、代替医療の一形態として用いられる用語であり、自然由来の方法や物質を用いて疾病の予防、健康の維持、治療を図る医学的アプローチを指す。広義には自然療法(Naturopathy)、ハーブ療法、ホメオパシー、鍼灸、アーユルヴェーダなど、自然界に由来する治療法や哲学を含むことが多い。国際的には「自然医学」の定義は一様ではなく、国や地域、文化によって解釈や実践が異なる。
概要
自然医学は、人体の自然治癒力を重視し、化学合成薬や侵襲的な治療を最小限に抑えることを特徴とする。自然医学の支持者は、身体、精神、環境の調和を健康の基盤と考え、食事療法、運動、ストレス管理、自然由来のサプリメントやハーブを用いた治療を推奨する[1]。一方、科学的根拠の不足や有効性に関する議論が存在し、主流の西洋医学との統合や対立が議論の対象となっている[2]。自然医学は、特に代替医療や補完医療の文脈で用いられ、患者中心のアプローチを重視する。アメリカやカナダでは、自然療法医師(Naturopathic Doctor, ND)が正式な資格として認められており、専門の教育機関で訓練を受ける[3]。
歴史
自然医学の起源は、古代の伝統医療に遡る。紀元前のヒポクラテスは「自然が病を癒す」と述べ、自然治癒力を重視した医学を提唱した。19世紀には、ヨーロッパやアメリカで自然療法が体系化され、ベネディクト・ラストがアメリカに自然療法を導入し、「Naturopathy」の創始者として知られるようになった[4]。

20世紀初頭、自然医学は西洋医学の台頭により一時衰退したが、1970年代以降、健康志向の高まりや代替医療への関心から再評価された。現在では、北米、ヨーロッパ、オーストラリアなどで自然医学の教育機関や専門クリニックが存在する[5]。
文化的背景
自然医学は、1970年代の健康志向の高まりやパンデミック後のウェルネスブームにより再評価されている(The Conversation, 2025)。特にアジアでは伝統医学(アーユルヴェーダ、漢方)と融合し、欧米ではストレス管理ツールとして人気[6]。
原則
自然医学は以下の6つの基本原則に基づいている。[7]
- 自然治癒力(The Healing Power of Nature): 人体には自己治癒能力が備わっており、これを支援することが治療の目的である。例: 食事療法や運動を通じて免疫機能を強化(Oster et al., 2023)[8]。
- 原因の特定と治療(Identify and Treat the Cause): 症状を抑えるだけでなく、病気の根本原因を特定し対処する。例: ストレス管理で慢性疾患の環境要因を解消。
- 害を与えない(First Do No Harm): 非侵襲的で副作用の少ない治療法を選択する。例: ハーブ療法の低用量使用。
- 全体の治療(Treat the Whole Person): 身体、精神、感情、環境など、患者全体を考慮する。例: 精神面のカウンセリングを併用。
- 医師としての教育者(Doctor as Teacher): 患者に健康管理の知識を伝え、自己管理を促す。例: 患者教育プログラム。
科学的評価
自然医学の有効性については、科学界で意見が分かれている。一部の治療法(例: 食事療法や運動)は科学的根拠に裏付けられているが、ホメオパシーや一部のハーブ療法はプラセボ効果以上の有効性が証明されていないとする研究もある[10]。自然医学の支持者は、個別化されたアプローチが全体的な健康改善に寄与すると主張するが、主流医学ではランダム化比較試験(RCT)による検証の不足が指摘されている。
国際的な法的地位と規制
北米
アメリカ合衆国・カナダでは、自然医学の一部として自然療法が発展しており、北米自然療法検定委員会(NPLEX)が実施する国家試験に合格した自然療法医師(ND)がライセンスされた州で診断や治療を行える。2025年時点で、米国では26の管轄区域(23州、ワシントンD.C.、プエルトリコ、アメリカ領ヴァージン諸島、グアム)でNDの免許制度が整備されている…
ヨーロッパ
ドイツでは、ハイルプラクティカーとして知られる自然療法士の国家資格制度が存在し、一部の治療が健康保険でカバーされる[11]。 スイスでは、2025年6月にスイス連邦議会がホメオパシー、アントロポゾフィー医学、中医学、植物療法、鍼灸の5つの補完代替医療を基礎健康保険の補償対象として継続することを決定した[12][13]。 一方、イギリスでは自然療法(英: naturopathy)に関する国家資格や法的規制は存在せず、民間資格にとどまるとされる[14]。
アジア
アーユルヴェーダ(インド)や漢方(中国、日本)は、自然医学の一形態として伝統的に実践されている。これらは各国の医療制度に組み込まれており、正式な医療として認められている。
インドでは、アーユルヴェーダ、ヨガ、ユナニ、シッダ、ホメオパシーを包括するAYUSH省(Ministry of Ayush)が設置され、国家制度として統括されている[15][16]。
中国では、中医学や鍼灸が国家資格制度として確立されており、WHOも伝統中国医学を伝統医学・補完・統合医療の一部として紹介している[17]。
日本では、自然医学に関連する治療(例: 鍼灸、漢方)が一部の医療資格として認められている。ただし、自然療法全体の法的枠組みは未整備である一方、東洋医学分野では近年制度整備が進んでいる。2021年からあん摩マッサージ指圧師・鍼灸師の施術管理者には実務経験と研修受講が義務化され[18]、2023年には漢方薬の保険適用範囲の見直しや個人輸入規制の強化が実施された[19]。また、2024年には医療法等の改正により地域医療構想の見直しが行われ、統合医療を含む医療提供体制の再構築が図られている[20]。
オセアニア
オーストラリアでは自然療法の専門の教育機関が存在するが、現在も規制されていない職業として位置づけられており、全州で法定登録制度は存在しない[21][22]。実務者は民間団体(ANPA、ARONAHなど)による自主的な登録制度を通じて活動を行っている。
法的状況
自然医学の法的地位は国や地域によって異なる。アメリカ合衆国では、認可された州や地域では自然療法医師がライセンスを取得して実践できるが、未認可の州では実践が制限される[23][24]。 日本では、自然医学に関連する治療(例: 鍼灸、漢方)は一部が医療資格として認められているが、自然療法全体としては法的な枠組みが未整備である[25][26]。
批判と課題
自然医学は、科学的根拠の不足や規制の不均一性から批判を受けることがある。特に、ホメオパシーや一部のハーブ療法は、効果がプラセボに由来するとする研究が存在する[27]。例: 自然由来のハーブが重金属汚染や薬物相互作用を引き起こすリスク(NCCIH, 2023)。また、誤った診断や治療の遅れが健康リスクを引き起こす可能性も指摘されており、オーストラリアの2024レビューでは16の自然療法の臨床有効性が疑問視された[28]。一方で、自然医学の患者中心のアプローチや予防重視の姿勢は、主流医学の補完として評価される場合もある(WHO, 2024)[29]。
関連項目
代替医療 補完代替医療 統合医療 ホリスティック医学 自然療法 Naturopathic Doctor ハイルプラクティカー ホメオパシー アーユルヴェーダ 漢方 鍼灸 植物療法 アントロポゾフィー医学 伝統医学 ユナニ医学 シッダ医学 ヨーガ
外部リンク
NABNE - 北米自然療法検定委員会 AANMC - 認定自然療法医科大学協会 AANP - アメリカ自然療法医師会 ANPA - オーストラリア自然療法開業医協会 ARONAH - オーストラリア自然療法師・ハーバリスト登録機構 GCRN - イギリス自然療法評議会・登録機構 CNHC - イギリス補完・自然ヘルスケア評議会
脚注
- ^ “What is Naturopathic Medicine?” (英語). American Association of Naturopathic Physicians. 2025年9月16日閲覧。
- ^ Ernst, E. (2000). "The role of complementary and alternative medicine." BMJ, 321(7269), 1133–1135.
- ^ “What is Naturopathic Medicine?” (英語). Bastyr University. 2025年9月16日閲覧。
- ^ Cody, G. W. (1999). History of Naturopathic Medicine. In Pizzorno, J. E., & Murray, M. T. (Eds.), Textbook of Natural Medicine.
- ^ Adams, J. (2015). Traditional, Complementary and Integrative Medicine: An International Reader. Palgrave Macmillan.
- ^ “Alternative medicine News”. The Conversation (2025年8月5日). 2025年9月16日閲覧。
- ^ “The Six Principles of Naturopathic Medicine”. AANMC. 2025年9月16日閲覧。
- ^ Oster, H. (2023). “Effects of healthy lifestyles...”. Nutrients 15 (21). doi:10.3390/nu15214627.
- ^ “Uncover the Core Principles of Naturopathy” (2023年5月11日). 2025年9月16日閲覧。
- ^ Ernst, E. (2010). "The public's enthusiasm for complementary and alternative medicine amounts to a critique of mainstream medicine." International Journal of Clinical Practice, 64(11), 1472–1474.
- ^ “Complementary and Alternative Medicines (CAM) and Traditional Medicinal Products (TMP)” (英語). Federal Institute for Drugs and Medical Devices (BfArM). 2025年9月17日閲覧。
- ^ “Acupuncture and homeopathy will continue to be reimbursed” (英語). swissinfo.ch. (2025年6月12日) 2025年9月17日閲覧。
- ^ “Alternative Medicine Treatments to Remain Covered by Swiss Basic Insurance” (英語). Swiss Observer. (2025年6月13日) 2025年9月17日閲覧。
- ^ “Homeopathy – Statement by the European Academies’ Science Advisory Council” (PDF) (英語). EASAC (2017年9月). 2025年9月17日閲覧。
- ^ “Ministry of Ayush, Government of India” (英語). Government of India. 2025年9月17日閲覧。
- ^ “Website of AYUSH” (英語). National Portal of India. 2025年9月17日閲覧。
- ^ “Traditional, Complementary and Integrative Medicine” (英語). World Health Organization (WHO). 2025年9月17日閲覧。
- ^ “療養費に係る受領委任制度について”. 厚生労働省 近畿厚生局. 2025年9月17日閲覧。
- ^ “2024年度 事業報告書(漢方保険診療に関する記載を含む)” (PDF). 日本東洋医学会. 2025年9月17日閲覧。
- ^ “統合医療の推進と国際標準化への参画 報告書(PDF)” (PDF). 千葉大学. 2025年9月17日閲覧。
- ^ “Professional Regulation” (英語). Australian Naturopathic Practitioners Association. 2025年9月16日閲覧。
- ^ “About ARONAH” (英語). Australian Register of Naturopaths and Herbalists. 2025年9月16日閲覧。
- ^ “Licensure Information”. Association of Accredited Naturopathic Medical Colleges. 2025年9月16日閲覧。
- ^ “Regulated States and Regulatory Authorities” (英語). American Association of Naturopathic Physicians (AANP). 2025年9月17日閲覧。
- ^ “あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師、柔道整復師に係る広告等”. 厚生労働省. 2025年9月17日閲覧。
- ^ “あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師、柔道整復師に係る広告等”. 厚生労働省. 2025年9月17日閲覧。
- ^ “Natural Doesn't Necessarily Mean Safer”. NCCIH. 2025年9月16日閲覧。
- ^ “Natural Therapies Review 2024”. Australian Government (2024年). 2025年9月16日閲覧。
- ^ “A review of the WHO strategy on T&CM”. PMC. (2024). PMID 11201178.
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