緒方惟栄とは? わかりやすく解説

緒方惟栄

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/04/30 16:41 UTC 版)

緒方惟栄(おがた これよし、生没年不詳)は、平安時代末期、鎌倉時代初期の武将豊後国大野郡緒方荘(現在の大分県豊後大野市緒方地区)を領した。通称は三郎。惟義惟能とも。大神惟基の子孫で、兄弟に惟長、惟隆、惟憲がいる[1]

平家物語』に登場し、その出生は地元豪族の姫と蛇神の子孫であるという伝説がある。

生涯

宇佐神宮荘園であった緒方荘の荘官であり、平家平重盛と主従関係を結んだ。治承4年(1180年)の源頼朝挙兵後、養和元年(1181年)、臼杵氏・長野氏(ちょうのし)らと共に平家に反旗を翻し、豊後国の目代を追放した。この時、平家に叛いた九州武士の松浦党菊池氏阿蘇氏など広範囲に兵力を動員しているが、惟栄はその中心的勢力であった。寿永2年(1183年)に平家が都落ちした後、筑前国原田種直山鹿秀遠の軍事力によって勢力を回復すると、惟栄は豊後国の国司であった藤原頼輔頼経父子から平家追討の院宣と国宣を受け、清原氏日田氏などの力を借りて平家を大宰府から追い落とした[2]。同年、荘園領主である宇佐神宮大宮司家の宇佐氏は平家方についていたためこれと対立、宇佐神宮の焼き討ちなどを行ったため、上野国沼田へ遠流の決定がされるが、平家討伐の功によって赦免され、源範頼の平家追討軍に船を提供し、葦屋浦の戦いで平家軍を打ち破った。

こうした緒方一族の寝返りによって源氏方の九州統治が進んだとされる。

また惟栄は、源義経源頼朝に背反した際には義経に荷担し、都を落ちた義経と共に船で九州へ渡ろうとするが、嵐のために一行は離散、惟栄は捕らえられて上野国沼田へ流罪となる。このとき義経をかくまうために築城したのが岡城とされる。その後、惟栄は許されて豊後に戻り佐伯荘に住んだとも、途中病死したとも伝えられる。

記録物

  • 平家物語の巻八で「恐ろしい者の子孫」として語られている。
  • 明治40年(1907年)の大分県の調査によれば、緒方が平家追討に使用した軍旗が、健男霜凝日子神社(651年創建)の社宝として残っている。

画像集

脚注

  1. ^ さとうたくみ「「緒方家譜」による三輪一族と豊後大神氏」『佐伯史談』第180巻、佐伯史談会、1999年2月、28-37頁、CRID 1050001337653724160 
  2. ^ 平家物語』によると、惟栄は主従関係を結んだ亡き重盛の子平資盛と話し合って、平家を迎え入れるように説得されたが、惟栄は「院宣には逆らえません」と述べただけであった。

外部リンク



緒方惟栄

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/15 00:08 UTC 版)

大神氏 (豊後国)」の記事における「緒方惟栄」の解説

惟基の5代の孫で緒方氏の祖である緒方惟栄は平安末期源頼朝以仁王の命に応じ平家に対して挙兵したあと(治承・寿永の乱源平合戦)、養和元年1181年)に豊後国目代追放されて源氏につき、元暦元年1184年)には平家についた宇佐神宮焼き討ちにしたり葦屋浦の戦い戦勲挙げるなど大い活躍し従来支配階級代わり武士勢力存在感支配力強めた

※この「緒方惟栄」の解説は、「大神氏 (豊後国)」の解説の一部です。
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