第二次マフィア戦争
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/21 08:26 UTC 版)
「コーサ・ノストラ」の記事における「第二次マフィア戦争」の解説
1970年代になると、マフィア内部に不穏な空気が流れるようになった。 ルチアーノ・リッジョ率いるコルレオーネシ(Corleonesi)がシチリアマフィアの頂点に立つという野望を抱いて、その勢力を拡大し始めた。ボスのリッジョは1974年に逮捕されたが、彼は獄中から、配下のサルヴァトーレ・リイナに指令を出し、まず、1978年に、コミッションの議長だったガエターノ・パダラメンティを追放し、後釜にミケーレ・グレコを据えた。次にステファノ・ボンターデとサルヴァトーレ・インゼリッロらを巧みな策略で孤立に追い込み、彼らのファミリーの構成員を少しずつ消していき、最後にボスのステファノとサルヴァトーレも1981年に暗殺した。この暗殺事件により、コルレオーネシらと敵対するマフィア・ファミリーとの抗争が本格化。年間200人以上の死者を出した抗争は「第二次マフィア戦争」と呼ばれた。
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