砲台をめぐる攻防
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/07/15 22:13 UTC 版)
「フエンヒローラの戦い」の記事における「砲台をめぐる攻防」の解説
夜の間、イギリス軍は砲艦の大砲を陸揚げし、工兵たちが城壁の近くに2つの砲台を建設して壁を破壊しようとした。しかしその頃、砲声を聞いて事態を把握したヘウミツキ中尉率いるミハス守備隊が夜陰に紛れてイギリス軍の戦列を通り抜け、ソアイル城守備隊との合流を果たしていた。翌15日朝にはアラウリンのブロニシュ少佐の部隊も状況を知り、ミハス城へ向かった。ブレイニーの命令でミハス奪取に向かっていた450人のスペイン人・ドイツ人部隊と遭遇したブロニシュ隊は、銃剣突撃によってこれを撃退した。 15日朝、ソアイル城へのイギリス軍の砲撃は激しさを増し、城の塔の一つを破壊した。午後2時ごろ、イギリスのフリーゲートHMS ロドニーやスペインの軍艦がフエンヒローラに到着し、第82歩兵連隊の932人が攻城軍に加わった。これに対し、ムウォコシェヴィチは負傷兵を城に残し、130人の兵を率いて敵の砲台を奇襲した。攻城軍は完全に虚を突かれ、砲台の丘を守っていたスペイン軍部隊は10分の1の数に過ぎない敵を相手に混乱状態に陥り撤退した。砲台を奪ったポーランド兵は、逆にその大砲で攻城軍の陣営を砲撃し始めた。ポーランド軍に経験ある砲兵将校がいなかったため、弾はほとんど命中しなかったが、攻城軍の再編を妨げるには十分だった。 30分ほどして、海岸でようやく部隊を再編したブレイニーは、砲台の再奪取を命じた。数では圧倒的に劣る守備隊は、砲台の火薬を爆破して城へ撤退した。そこへアラウリンからのブロニシュ隊が到着し、追撃で戦列が伸び切っているイギリス・スペイン軍を左方から攻撃した。200人程ながらよく休息を取り装備も整った部隊の襲撃を受け、イギリス・スペイン軍は城へ逃げるムウォコシェヴィチ隊を追撃しきれなくなった。さらにほぼ時を同じくして、フランス軍第21竜騎兵隊の30騎がイギリス・スペイン軍の歩兵隊を奇襲し、イギリス・スペイン軍は浮足だし始めた。ブレイニーがポーランド隊に捕らえられたのち、イギリス・スペイン軍はポーランド兵に再々奪取された砲台から砲撃を受けながら、算を乱して逃亡した。
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