町名整理以降
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/27 05:44 UTC 版)
1962年(昭和37年)に住居表示に関する法律が施行されたのに伴い、鹿児島市は鹿児島市街地域の住居表示に着手した。1967年(昭和42年)11月1日に上町地区の一部において住居表示が実施され、住居表示の実施に伴い町の再編が行われた。これに伴い向江町の全域(これにより向江町は町名として消滅)と栄町(浜町編入部以外の全域が柳町に編入され町名としては消滅)、柳町、恵美須町の各一部を浜町に編入し、同時に浜町の全域で住居表示が実施された。1989年(平成元年)3月27日には公有水面埋立地が浜町に編入された。 1993年(平成5年)8月6日に発生した平成5年8月豪雨によって甲突川に架かっていた江戸時代の石橋である甲突川五石橋のうち新上橋と武之橋が流出し、残りの玉江橋、高麗橋、西田橋については災害終息後の甲突川の河川改修により、鹿児島営林署跡地に石橋記念公園・祇園之洲公園を整備し移設保存されることとなった。西田橋の現地解体は1996年(平成8年)2月に始まり、西田橋は鹿児島県、玉江橋と高麗橋は鹿児島市が担当し、2000年(平成12年)4月に移設復元された。
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