瀬戸大橋開通後
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/11 10:05 UTC 版)
昭和63年(1988年)に瀬戸大橋が櫃石島、岩黒島、羽佐島、与島、三つ子島を渡って架かると観光業の振興が期待された。与島には750台の駐車場を備えた与島パーキングエリアが建設され、隣接して観光商業施設「フィッシャーマンズワーフ」が京阪電鉄によって建設された。オープン後数年は年間500万人を集客したが、ブームが過ぎると急激に客足が遠のいた。京阪電鉄は手を引いて建設会社に移管したが、客足は回復せず、2011年(平成23年)11月に閉鎖へ追い込まれた。閉鎖後はしばらく放置されていたが、2013年(平成25年)になって建物が解体された。フィッシャーマンズワーフ周辺も土産物屋などが便乗して建ったが、全て閉店している(一部は放置されて廃墟となっている。この辺りの説明は「与島」も参照)。小与島には「アクア小与島」というリゾートホテル(28室)が完成したが、オープン後間もなく運営業者が破綻して閉鎖され、2007年(平成19年)国税局によって3615万円で民間に売却された。与島の採石業は上記施設等に土地を譲渡する形で大幅に縮小した。小与島の採石業は資源の枯渇と海外からの安価な石材輸入によって圧迫され、輸入石材の加工がメインの産業となっている。
※この「瀬戸大橋開通後」の解説は、「塩飽諸島」の解説の一部です。
「瀬戸大橋開通後」を含む「塩飽諸島」の記事については、「塩飽諸島」の概要を参照ください。
- 瀬戸大橋開通後のページへのリンク