溶岩流と人
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/04 06:54 UTC 版)
人が溶岩を踏み抜いて、真っ赤な溶岩の中に落ちたことがあるが、すぐに救い上げられて、両足に大やけどだけで済んでいる。このようにすぐには炭化や融けることがないのは人体に水が多く含まれているからである。 防災面では、溶岩流の流下速度は緩やかであり人の避難は容易である。しかし、溶岩が流れていく先に人の財産がある場合はしばしば人との間で攻防が起こる。例えば、1973年に起こったアイスランドのエルトフェットルの噴火では、港の入口に迫る溶岩流にポンプ車で海水を大量にかけ、溶岩を冷やして固め、港の閉鎖を防ぎ、島の重要な産業であった漁業を守ることに成功している。 アメリカのハワイ島のマウナロアやキラウエア、イタリアのエトナ火山でもしばしば溶岩流との攻防が起きている。日本では、三宅島の1983年の噴火、伊豆大島の1986年噴火で、溶岩流の進行を抑えるために散水が試みられている。 一方、人と溶岩流の相性は悪いものだけでなく、先述のハワイ島では、溶岩流が観光の資源の一つとなっており、溶岩流を観察したり、溶岩をすくったりするツアーが行われるなど、人と溶岩流が共存している場所もある。また、溶岩流が冷え固まった後でも、その地形は希少であるため観光資源となる。
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