満州国建国期
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1931年9月18日22時20分頃、奉天北部の柳条湖(奉天駅北方約7.8km、大連基点404.44km)において上り線の線路が爆破される「柳条湖事件」が発生した。柳条湖事件は関東軍が満州全土を軍事占領する満州事変へと発展し、翌1932年3月には溥儀を執政とする満州国が建国された。 満州国が成立すると、同路線はにわかに日本と満州の首都を結ぶ幹線鉄道となった。満州国首都に定められた長春市が新京市に改称されると、長春駅は新京駅に、路線名も連長線から連京線に改められた。連京線は輸送力の増強が図られ、1933年11月5日には大連駅 - 奉天駅間を自動閉塞化、1934年9月26日には大連駅 - 新京駅間全線の複線化を完了した。同年11月1日には大連駅 - 新京駅間で特急「あじあ」の運転を開始すると共に、釜山発の急行「ひかり」を奉天駅から新京駅まで延長するなど旅客輸送の強化が図られた。1935年8月31日に京浜線(新京 - ハルビン)の標準軌改築が完了し、9月1日より「あじあ」の運転区間をハルビンまで延長した。
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