海上機動第4旅団
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1944年3月10日、北海道の旭川市で編成完結。第7師団の第7歩兵団司令部を旅団司令部に流用し、3個の機動大隊も第7師団の担当で編成されている。戦車隊は盛岡、機関砲隊は小倉で編成。訓練後に択捉島へ展開して第27軍隷下に入った。旅団輸送隊の装備船舶が不足し、編成当初は大発10隻と徴用漁船若干しか無く、故障が頻発するうえにその後の補充も不十分で、海上輸送第6大隊などの協力を得ることとなった。 1945年5月-6月に、本土決戦に向け旅団主力は埼玉県へと移動し、第36軍隷下の戦車第1師団に編合された。終戦まで道路整備や農作業などを行い、同年9月15日に復員を完了した。旅団輸送隊のみは函館に残留した。 歴代旅団長峯木十一郎 少将:1944年(昭和19年)3月1日 - 1944年(昭和19年)11月27日 内田辰雄 少将:1944年(昭和19年)11月27日 - 終戦
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