民主主義学生同盟との関係
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「日本共産党(日本のこえ)」の記事における「民主主義学生同盟との関係」の解説
「こえ派」は、構造改革系の学生運動組織である「民主主義学生同盟」(民学同)とも共闘関係にあった。民学同は先述の「日本のこえ左派」分裂と共産主義労働者党(共労党)結党への合流をうけ、1968年に「民学同左派」が分派して共労党傘下の学生組織に移行(のちプロレタリア学生同盟(プロ学同)に改称)した。その後、民学同に残留したグループも1970年に多数派の「民主主義の旗」派(その後「現代政治研究会」(現政研)に改称)と少数派の「デモクラート」派・「新時代」派(アサート)などに分裂したが、このグループはいずれも、当時の国内世論が日中友好ムードに染まり、世界的にも中国派が左派運動において影響力を拡大するなか、それに抗して極左や文化大革命やポル・ポト派を批判し、その一方で中国と対立するソ連・ベトナム・キューバなどの社会主義国家を支持・擁護する姿勢を取ったことから、「こえ派」と同様のソ連派と見なされていた。 その後、現政研グループは、2000年にソ連型社会主義を厳しく批判する総括を行なって民主主義的社会主義運動(MDS)へと改称し、「無防備地区宣言」条例の制定運動の中核として活動することになった。このMDSの関連組織には「平和と民主主義をめざす全国交歓会(全交)」、「平和と生活をむすぶ会」、「イラク市民レジスタンス連帯委員会」などがあり、労働組合がない職場の労働者や非正規労働者なども加入できる「なかまユニオン」という組織作りもすすめている。また、国際情勢に関してはイラクを中心とする中東問題について機関紙上で言及することが多い。
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