残留婦人
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/03 12:25 UTC 版)
「中国残留日本人」も参照 また、生き残るために帰国を諦めて中国人と結婚した女性もいた。当時の中国には売買婚の風習があり、嫁を迎えられない貧しい農家には日本人女性の需要があった。それゆえ嫁ぎ先は、貧苦農や苦力が多い。特に悲惨な状況だったとされる方正県の3団についての調査報告では、在団員の内およそ21%が中国人との婚姻で残留となっている。 現在でも、中国人との結婚で残留した女性を含む残留婦人について全容は明らかになっておらず、また日本政府の対応も十分ではない。1946年から始まった引き揚げは、中国の内戦による中断を挟み1958年に終了。この間に引き揚げたのは、残留者約155万人のうち約107万9500人である。 1972年に中国との国交が回復すると、調査が再開。これにより帰国を果たした残留邦人も居たが、1995年6月時点の厚生省の発表によると、約1300人の残留婦人が確認されている。2022年1月時点での厚生労働省による発表では、帰国を果たした残留婦人は、永住帰国者は4167人、一時帰国者は4627人である。
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