武道精神とプロ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/17 00:26 UTC 版)
キックボクシングへの参戦は2戦のみで、それ以上はでないと約束していたにもかかわらず、既述したとおりプロモーターからの再三再四の参戦要請がきていた。頑なに断り続けた理由をこう語る。 「 誰もが表面では武道精神を通そうとしても、腹の底に大なり小なり自分も有名になりたいという気持ちを皆持っているであろう。私も一時期そうなりかけたことがあった。キックボクシングに出場して連勝したとき、オープントーナメント全日本空手道選手権大会で優勝したとき、当時はクイズ番組から歌番組までキックボクシングとは関係のない番組にも出演要請があったし、スポーツ新聞でも持てはやされた。地方興行では特別待遇の旅行であったし、スポンサーになろうという人まで現れ、映画の話も持ち上がったのである。しかし、私はこれらのほとんどを「プロではない、プロになる気はない」という理由で断り続けた。それは大山倍達館長の「空手を習う者は、馬鹿と思われるほど純粋な気持ちを持たなくてはいけない」と言われた言葉や、物心ついた頃より母から聞かされた武士の心構えと道徳・礼・義・忠を重んじる生き方であった。さらに自分の心の奥底には、それらの行為をすれば、自分は駄目になってしまうという不安があったからである。だから極真カラテが有名になればなるほど、闘いにおける悩みより、自分の心の底に潜む見えない敵との戦いのほうが苦しかった。映画に出ろと言われても、スポンサーになると言われても断り続ける私を見た友人は「君は馬鹿ではないか」とよく言われた。それでも「ああ、おれは馬鹿さ。その馬鹿と言われることが俺は好きなのさ」と答えていた。 この頃、困ったことに私の最も苦手なサインを度々頼まれるようになったが、徹底的に抵抗し断り続けた。私自身の心の問題であり、当時サインを望まれた方には大変失礼なことをしたと申し訳なく思っている。私にも格好良く見せようとする一面もあり、ファンの要望に応えようと思った時もあったが、元々私は気が小さく周囲で騒がれることに違和感があった。スターになれば周囲から「ちやほやされて」悪い気もしないだろう。しかし「ちやほやされること」を受け入れがたい気持ちであった。それはスターを拒否する意識から、サインするのはスターのみがする行為と思っていたのである。まがりなりにも勝負の世界にいた私は、もしKO負けでもしたら、私のサインを持った人がそれを観て何と思うだろう。そんなことを考えると益々サインが恥かしく、恐ろしいものに思えたのである。 」
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