根拠地と範囲、輸送品
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/21 23:40 UTC 版)
飯田藩の城下町である飯田宿が中馬の主たる根拠地であり、荷問屋が設置されて信濃国を通過する荷物はここで一括して宿継ぎを行うことで中馬の負担を軽減させた。飯田宿と松本宿間およびその沿線の村々が主たるルートであり、次いで上諏訪宿・下諏訪宿・三河吉田宿などの五街道の宿場町や上野倉賀野・甲斐鰍沢・三河新城・美濃今渡といった水運の拠点まで輸送するルートがあった。 後にその範囲は拡大し、中山道・東海道・甲州街道・糸魚川街道等を経由して三河岡崎宿や上野高崎宿などの遠方の宿場町、そして中には江戸や名古屋に直接乗り入れる者もあった。中馬は普通1人で3・4頭の馬を牽引し、100貫前後の荷物を1度に運んだ。料金は原則として到着先で支払われるが、荷預の際に荷物代金の7割を「敷金」名目で保証金として預かっている。 信濃からは煙草・酒・米・大豆・小豆・麻などが外部に出され、逆に外部からは茶・塩・綿・鉄器・陶器などが信濃に入ってきており、中馬はその運搬に重要な役割を果たしていた。
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