東日本大震災で被災
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/03/19 07:26 UTC 版)
2011年3月11日、東日本大震災の津波により、社員19人のうち記者2人が死亡し、輪転機も水没して発行できなくなった。多くの読者宅も津波で流されるなど被災し、収入源が断たれたため、3月29日付で全社員が解雇された。県域の地元紙である岩手日報の同年4月15日付に「発行に向け鋭意努力する」という内容の広告を掲載し、地元民に再発行を約束した。 地震後、釜石市の大渡川河口へ取材に行った記者が津波に巻き込まれたが、奇跡的に軽傷で一命を取り留めた。この記者は、津波に飲み込まれながらも必死にカメラのシャッターを切り、その様子を国土交通省釜石港湾事務所職員が事務所屋上から撮影し、この写真がイギリス最大手の新聞デイリー・メールでも報じられた。この記者は同新聞社退職後、2016年3月までFM岩手の釜石支局員として同支局制作のラジオ番組『ふるさと元気隊・釜石やっぺしFM』や2014年4月より同支局が運営を受託しているかまいしさいがいエフエムの番組にレギュラー出演する他、支局長を務めた。
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