条件馬の有馬記念出走小史とは? わかりやすく解説

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条件馬の有馬記念出走小史

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/15 18:42 UTC 版)

レゴラス (競走馬)」の記事における「条件馬の有馬記念出走小史」の解説

有馬記念出走した条件馬は、1984年グレード制導入前一例1972年出走したソロナオール、グレード制導入後ではレゴラスのほかに1987年のミスターブランディとアサカツービート、1991年出走したフジヤマケンザン2018年出走したオジュウチョウサンがいる。 ソロナオールはいわゆる花の47年組一頭で、出走当時700下(のち1500下→1600下→3勝クラス)の身であり、セントライト記念京都新聞杯菊花賞いずれも3着としたのち、有馬記念には当時あった推薦委員会選出にて出走単勝こそ8番人気ながら、当時ファンの間で「ソロナオールの3着神話」なるものが流れていた影響複勝5番人気であったレースではイシノヒカルメジロアサマに続く3着に入線した。 ミスターブランディとアサカツービートが出走した有馬記念は、まだ2段階の降級制度残っていた時代で、当時1400下は「4歳1400万円以下・5歳2800万円以下・6歳以上4200万円以下」という条件であった。ミスターブランディは6歳時400下特別2連勝900下特別勝利福島記念重賞勝利していたものの、有馬記念出走時の収得賞金3500万円であり、1400下の条件馬であった。アサカツービートは前走、天皇賞・秋で3着していたものの、収得賞金は3720万円6歳時)であり、天皇賞・秋有馬記念1400下からの格上挑戦であったフジヤマケンザン900下の嵯峨野特別を勝ち1500下の嵐山ステークス2着、菊花賞3着、ジャパンカップ8着を経て出走で、こちらも推薦委員会選出よるものであった。 これらの馬と異なりファン投票第3位記録し史上初の「ファン投票選出による条件馬有馬記念出走」を果たしたのがオジュウチョウサンである(オジュウチョウサン記事にて詳述)。この2018年有馬記念は他に、当時レゴラス同じく1000万円以下クラスの身かつ重賞競走への出走経験がなかったベイビーステップ登録していたが、最終的に出走はしなかった。 なお、春のグランプリである宝塚記念でも、2013年出走当時最高勝ち鞍がともに1000万であったローゼンケーニッヒ、タニノエポレットの2頭の条件馬出走している。

※この「条件馬の有馬記念出走小史」の解説は、「レゴラス (競走馬)」の解説の一部です。
「条件馬の有馬記念出走小史」を含む「レゴラス (競走馬)」の記事については、「レゴラス (競走馬)」の概要を参照ください。

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