日本の駆潜艇
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/10/30 00:38 UTC 版)
第二次大戦期に日本海軍では駆潜艇を大量に建造した。当時の日本海軍の駆潜艇は対潜ソナーとして水中探信儀と水中聴音機を備え、攻撃兵装として爆雷を装備していた。駆潜艇は基本的に港湾防備や中国航路などの近海航路護衛用であったが、対潜護衛艇の不足を補うために南方向けの船団護衛にも投入された。日本海軍では多くの木造漁船を徴用し特設駆潜艇としたほか、自らも木造漁船を基本構造とした駆潜特務艇を建造した。 海軍との役割分担として、上陸戦を目的とする有力な船舶部隊を保有する日本陸軍では、揚陸艦(陸軍特種船)や輸送船を敵潜水艦より護衛する高速艇丙を開発した。のちに対潜水艦戦のみならず、対魚雷艇戦の機能も追加された高速戦闘艇たる高速艇丙は駆逐艇と称され、ソナー・爆雷・小口径主砲・機関砲を備えた。 海上自衛隊は1980年代まで駆潜艇を保有していたが、小型で発展性が無い駆潜艇では、高性能化する原子力潜水艦への対応が困難と考えられ、現在では整備を取り止めている。
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