慈善事業と海外正教会に対する支援
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2016/07/01 04:35 UTC 版)
「クロンシュタットのイオアン」の記事における「慈善事業と海外正教会に対する支援」の解説
19世紀末から20世紀初頭にかけ、ロシア帝国に様々な社会問題が山積する中、イオアンは慈善事業や教育に熱心に取り組んだ。職業訓練所、孤児院、無料宿泊所、製パン所、裁縫所、学校が、イオアンの活動によって設立されていった。病気に苦しむ人々に対する癒しの奇蹟の話も伝えられ、そうした奇蹟にあずかろうとして多くの人々がイオアンのもとを訪れた。 聖アンドレイ大聖堂に集まる多くの参祷者に対応するため、大聖堂では毎日聖体礼儀が行われた。 また、海外における正教伝道にも活発に支援を行った。日本正教会に対しても多数の聖器物を含めた物品支援を行い、1903年5月には京都ハリストス正教会の生神女福音聖堂が成聖された際に福音経を贈った。これは日露関係が悪化していた、日露戦争の前年のことである。
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