延平郡王
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/09/04 14:55 UTC 版)
延平郡王とは明朝永暦帝が1653年に鄭成功へ下賜した封号であり、台湾では一般的に鄭成功を指す。但し鄭氏政権の鄭経や鄭克塽もまた延平郡王を自称している。1661年より鄭成功は台湾の他に福建の一部も含まれていた。1664年に鄭経が福建の大部分を失地すると、鄭氏政権は台湾地区の統治者としての地位を確立した。なお、歴史上の鄭成功は、彼自身の目標である「反清復明」を果たす事無く死去し、また台湾と関連していた時期も短かったが、台湾独自の政権を打ち立てて台湾開発を促進する基礎を築いたこともまた事実である為、鄭成功は今日では台湾人の精神的支柱(開発始祖、「ピルグリム・ファーザー」)として社会的に極めて高い地位を占めている。 延平郡王 国初代王末代王歴代数期間政府所在地鄭氏政権 鄭成功 鄭克塽 3 1661年-1683年 台湾台南
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