庶民の名字
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/08 15:03 UTC 版)
古代の庶民は主に、豪族の所有民たる部曲の「○○部」という姓を持っていた。例えば「大伴部」「藤原部」というようなものである。しかし部曲の廃止や支配者の流動とともにその大半は忘れられ、勝手に氏を名乗ることもあった。 名字は、姓(本姓)と違って天皇から下賜される公的なものではなく、近代まで誰でも自由に名乗ることができた。家人も自分の住む土地を名字として名乗ったり、ある者は恩賞として主人から名字を賜ったりもした。 1577~1610年まで日本に滞在したジョアン・ロドリゲスは、漁師や身分の低い職人のような最下層の人々を除き、大衆は皆名字も持っていると報告している。 江戸時代には苗字帯刀が制限されたことから、庶民の多くには「名字がなかった」と語られることがある。だが、1952年の洞富雄の研究を契機に、そのような時代でも私的には貧農すらも名字を持ち、行事等で使用していた事例が全国から大量に報告され、庶民に名字がなかったというのが否定された。明治以降、名字を持っていなかったか不明となっていた場合には新たに「創氏」しなければならなかった際に歴史上有名な人物の名字や魚、野菜の名などを戸籍に登録した例がおもしろおかしく伝えられたので、庶民は名字を持っていなかったという「俗説」が生まれたのだと説明されている。特に農村上層部では名字とは別に姓を名乗る者もあり、甲斐国の地主「依田民部源長安」(1674~1758)のように、源姓と百官名を自称する者さえいたことが確認されている。
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