広島東洋カープとの関わり
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「内藤哲也」の記事における「広島東洋カープとの関わり」の解説
プロレス界きってのプロ野球・広島東洋カープファンを自称している。かつて合宿所に住んでいた頃、部屋には広島のグッズが所狭しと飾られており、内藤がロス・インゴベルナブレス加入以前に着用していた赤と白を基調としたコスチュームも「カープカラー」をイメージしたものとされている。少年時代は読売ジャイアンツに所属していた原辰徳のファンだったが、1995年に原が現役引退したことより内藤曰く「ポッカリ穴が開いた」状態で野球への楽しみ方を模索していたところ、広島の足を使う野球に魅了され1996年から応援を始めた。 内藤は現在もファンクラブに入会している他、シリーズの合間を縫っては観戦に訪れており、広島市民球場の取り壊しに伴う公式戦最終試合開催日にもライトスタンドから観戦していた。レスラー引退後には広島移住も視野に入れており、「マツダスタジアムの年間シートを購入して、毎試合観戦してみたい」と将来に対する展望について語っている。球団歌『それ行けカープ』の2017年、2018年、2019年バージョンの映像に、自身が注目している選手・田中広輔の2016年からの背番号「2」が入ったユニフォーム(2017年版・ビジター用、2018年版・ホーム用)を着用して歌唱参加している。また、2017年8月27日のマツダスタジアムでの中日戦において初の始球式を行った。結果はストライクゾーンから大きく外れてしまったものの、元野球少年らしい見事なフォームでの投球だった。因みにこの試合で広島は敗れたものの、勝利投手となったのは内藤のファンを公言している小笠原慎之介である。2018年よりカープのチャンステーマに内藤の入場曲の一節が取り入れられている。
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