州議会合同委員会による結論
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/18 09:14 UTC 版)
「アシュタビューラ川鉄道災害」の記事における「州議会合同委員会による結論」の解説
1877年1月1日に、オハイオ州議会は、アシュタビューラ川橋の崩壊の原因を調査し、議会に勧告を行なう委員会を任命する共同決議を採択した。委員会は、オハイオ州下院のメンバー5人とオハイオ上院のメンバー3人で構成されていた。上院議員A・M・バーンズが委員会の議長を務めた。合同委員会は、土木技師3人(ベンジャミン・F・ボーエン、ジョン・グラハム、およびトマス・H・ジョンソン)を雇い、残骸を調査し、橋の設計と性能について委員会に報告した。委員会はまた、土木技師アルバート・S・ハウランドとW・S・ウィリアムズから書面による報告を受け、土木技師M・J・ベッカーからそして鉄道関係者と従業員のアマサ・ストーン、チャールズ・コリンズ、アルバート・コンドン、A・L・ロジャース、そしてグスタフス・フォルサム(「"Columbia"」の技師)から個人的な証言を得た。技術的アドバイスは土木技師ら D・W・コールドウェルおよびJ・E・ライトによって提供された。検死陪審は、合同委員会にそのすべての証言と報告への完全なアクセスを許可した。その報告の付録で、合同委員会は、土木技師ら A・ゴットリーブ、ジョン・D・クレホール、およびジョセフ・トムリンソンの検死陪審の証言を全文印刷した。 立法合同委員会は1877年1月30日に報告を発行した。委員会は、3つの要因でアシュタビューラ川橋の崩壊を非難した―― 橋の設計に欠陥があった。設計に、ブレースまたは上弦材の横方向の座屈を妨げるものはなかった。上弦材の一部のみがアングルブロックに荷重を伝達するように設計されていたし、アングルブロックのラグは設計が不十分であった(そのために、ひずみがブレースとカウンターブレースに完全に伝達されなかった)。橋は明らかに動かない活荷重用に設計されていたし、それがジャリング、アサレイション、バイブレーションあるいは風の力に対応するように設計されていることを示す証拠はほとんどなかった。 建設に重大な誤りがあった。ブレースを構成する部材は、一斉に動作するように接続されていなかったために、橋が活荷重を運ぶ能力が大幅に低下した。下弦材では、横方向のブレースは1つおきのパネル接続にのみ配置され、2つのパネル(1つではない)にまたがって延長され、交差する場所で互いに接続されていなかった。揺れブレースは揺れを防ぐにはあまりに小さすぎて、他のすべてのパネルにも配置されていた。ブレースもカウンターブレースも、アングルブロックに取り付けられていなかったし、それらの端は正方形でなかった。 設計と建設の欠陥は、いつなんどきでも注意深い検査によって特定できたはずであるが、しかし鉄道の検査官らはこれらの問題を特定しなかった。橋が崩壊する前に、多くのブレースとカウンターブレースが所定の位置から外れていたし、何かを検査官らが気づかなかったか、でなければ鉄道が修理しなかったかのいずれかである。 委員会は材料に欠陥を発見しなかったし、2両目の機関車によるエアブレーキの適用が橋の崩壊を引き起こしたという考えを拒否した。
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