小節 (言語学)とは? わかりやすく解説

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小節 (言語学)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/20 05:37 UTC 版)

小節(しょうせつ、: small clause)とは、屈折要素コピュラを欠くにもかかわらず主語述語の対を成し、命題を構成する統語単位である[1]:431-432 [2]。その構造分析では、小節が構成素を成すか否かについて理論ごとの意見の相違があり、通言語的な観点からも様々な相反する経験的証拠が存在する。また、小節という文法単位は、目的語への繰り上げ英語版例外的格付与英語版不定詞付き対格英語版[注 1]コントロールなどとも関連がある。

定義

命題

はじめに、言語学 (より厳密には形式意味論) において命題 (: proposition) とは、真理値 (: truth value) を返り値にもつ意味単位をいう[4]:495。命題は主語述語のペアにより構成され、統語論の観点からは (=CP) を成す統語単位が意味論上の命題単位に相当する[5][6][7][注 2]

よって、下記の例における角括弧内のそれぞれが命題単位である。

(
a.  [CP Mary runs fast]. [注 3]
(
b.  [CP John thinks [CP that Mary runs fast]].

例として、(a) の文は、現実世界においてメアリーの足が速ければ真となり、遅ければ偽となる。この文は自動詞 runMary を主語に取っていることからも分かるように、主語と述語から成る文法単位であることも重要である。

小節

(1) の例における命題単位は、その全てにおいて動詞屈折を左右する要素 (三単現の -s不定詞マーカーの to など) を含む。よって、命題を「屈折辞または時制辞を含む文法単位」と定義することも可能である (ただし、実際は「主語と述語のペアから成り、真理値を持つ文法単位」という定義が正しい)。

一方で、これらの要素を含まないにもかかわらず、命題を成す文法単位があることが Williams (1975)[9]により指摘され、これは小節 (: small clause) と呼ばれる。小節の典型例として、以下の動詞に後続する [NP XP] の構造がある。

  • considerwant などの目的語繰り上げ(: raising-to-object)動詞またはECM動詞[注 4]
  • callname などの、目的語NPと述語表現を選択する動詞
  • wipepound などの、結果述語との共起が可能な動詞
(
a.  Susan considers [Sam a dope].
(
b.  We want [you sober].
(
a.  Jim called [me a liar].
(
b.  They named [him Pedro].
(
a.  Fred wiped [the table clean].
(
b.  Larry pounded [the nail flat].

上記の例において、下線部は主語要素を、斜体部は述語要素を表している。これら全てにおいて、「NPがXPの性質を持つ」または「主語=述語」の関係が成立し、これは命題の定義である「主語と述語のペア」と遜色ない。また、主語に対応する述語が非動詞述語であることも重要であり、これを踏まえると、小節を「屈折辞を欠き、叙述関係を構築する主語と非動詞述語のペア」と定義することも可能である。

このように、小節は「動詞を含まないが命題を成す文法単位」と定義されることが多い[10]:107 [11]:109 [12]:85。一方、動詞句内主語仮説[13][14][15][16]が提唱された1980年代以降はこの定義が曖昧になり、以下のような「動詞を含むが屈折辞を含まず、命題を成す文法単位」も小節と見做されることがある[17]:109–111

(
a.  We saw [Fred leave].
(
b.  Did you hear [them arrive]?

よって、現行の統語論では、小節は「屈折辞を欠く命題単位」と定義されることが多い。

なお、以下の例は屈折辞の to を含んでいる点で、上記の例とは異なる[2]

(
a.  I consider [Mary to be smart].
(
b.  I consider [Mary to be my best friend].
(
c.  I consider [Mary to be out of her mind].

これらの扱いは理論により違いがあり、完全節と見做す分析もあれば、この類も小節と見做す分析もある。(後者の立場では、屈折した動詞を含まない命題単位を包括的に小節と見做すことになる。)

派生分析

小節の構造研究は、大きく分けて以下の2系統がある。

  • 非構成素分析 (Williams (1975[9], 1980[18], 1983[19]など)
  • 構成素分析 (Stowell (1981)[20], Chomsky (1981)[10]など)

どちらの分析を採用するかは議論によって異なるが、後者の分析は、生成文法理論である統率・束縛理論英語版でも採用されている。実際の研究例は、Chomsky (1986a)[21]、Ouhalla (1994)[11]、Haegeman and Guéron (1999)[17]:108、Culicover and Jackendoff (2005)[22]:47 などを参照のこと。

非構成素分析

Williams (1975, 1980, 1983)

小節とは、短縮関係節 (: reduced relative) 、付加詞句、および動名詞句に焦点を当てた研究であるWilliams (1975)[9]の用語である[23]:4。Williams式の分析は、叙述 (: predication) 理論に則り、小節主語最大投射外項として扱う (すなわち、小節主語は語彙範疇投射の外側に位置し、構成素を成さないと仮定する)[19]

Williams (1975) は、下記のような例における角括弧部を小節として扱っている。

(
[The man driving the bus] is Norton's best friend. [9]:249
(
[John's evading his taxes] infuriates me. [9]:249

Williams (1980)[18]の分析では、ある2つの構成素が叙述関係を構築するには、C統御の関係が必要であり、この条件が満たされるとき、主語要素と述語要素間に [NPi ... XPi] のように同一指標がふられることで叙述関係が成立する[18]:204-205

(
John loaded the wagon full with hay.
(
John loaded the hay into the wagon green.
(
*John loaded the wagon with hay green.
(
*John loaded the hay into the wagon full.

よって、上記の例文 (c) と (d) が非文となるのは、述語要素が主語要素にC統御されず、叙述関係が構築できないためである。

この叙述理論を小節の分析に拡張すると、Williams (1980)[18]の定義による小節とは:

  • [NP XP] の構造を持ち、時制辞が生起しない。
  • XPは述語範疇である。
  • NPはXPをC統御する。
  • NPとXPは同一指標をもつ。

これらの条件を満たす文法単位である。

ただし、Williams (1983)[19]小節は構成素を成さないと仮定している点に注意が必要であり、これは [NP XP] の構造を棄却するのと遜色ない。この議論において、Williamsは下記のような文を考察している。

(
a.  John seems sick. [19]:287
(
b.  Johni seems [ti sick] [9]:289

Stowell (1981)[20]およびChomsky (1981)[10]の分析では、上記 (a) の文は、主動詞 seem が補部に小節を選択し、主語は繰り上げにより派生される。しかし、この分析は主動詞のスコープ関係を捉えられないという欠点がある。

(
a.  Someone seems sick. [19]:293
(
b.  =There is someone who seems sick. [some > seem] [19]:293
(
c.  ≠There seems to be someone sick. [*seem > some] [19]:293

主語が繰り上げにより派生される場合、some は主動詞との位置関係上、上位でも下位でも解釈が可能であることが予測されるが、この予測に反し、前者の解釈 (すなわち some が主動詞よりも広い作用域英語版を取る解釈のみが許容される)。これは、この種の文の派生に移動は関与しないことを示しており、同時に叙述関係は構成素構造により認可されるのではなく、主語と述語を結びつける特別な文法メカニズムにより保障されることを示唆している。これが正しければ、小節の叙述構造も同様のメカニズムにより保障されることになり、帰結として小節の主語と述語が構成素を成している必要はないということになる。さらなる経験的議論については、Williams (1983)[19]を参照のこと。

移動に基づく証拠

上述の通り、Williams式の分析では、小節は構成素を成さない。これを証明するための手段として、移動現象を用いた構成素判別テストがしばしば引用される。

はじめに、自然言語の一般性質として、構成素を成している文法単位 (より厳密には最大投射) は移動が可能であるが、構成素を成していない文法単位 (より厳密には中間投射) は移動できない[24]

(
a.  John praised [NP his [N' wife]].
(
b.  [NP Whose wife]i did John praise ti?
(
c.  *[? Whose]i did John praise [NP ti [N' wife]]?

よって、非構成素分析が正しければ、小節自体は移動ができないが、その内部要素の移動は可能であることが予測され、実際に英語の小節はこの性質を示す。

(
a.  Whati does John consider Bill ti?[24]:68
(
b.  Howi do you want your eggs ti?[24]:68
(
She proved [him guilty].
(
*[Him guilty] she proved. // 話題化
(
*It is [him guilty] that she proved. // it分裂文
(
*What she proved was [him guilty]. // 擬似分裂文
(
*What did she prove? - ??[Him guilty]. // フラグメントアンサー

一方、通言語的な観点から考察を行うと、小節そのものの移動が可能な言語や小節のみで主節を構成できる言語を見つけることができる。よって、これらのデータは非構成素分析後押しする絶対的な証拠ではないことに注意が必要である。(詳細は#通言語間の差異を参照のこと。)

反証議論

一方、小節は構成素を成していることを示す経験的証拠も存在し、相反する証拠が複数あることが、小節の構造分析の難しい点である。

主語位置への生起

Safir (1983)[25]は、小節が主語位置に生起可能であることを指摘している。

(
  [Workers angry about the pay] is just the sort of situation that the ad campaign was designed to avoid.[25]:732

この例文において、文頭の Workers は複数であるにもかかわらず、後続するコピュラが単数の一致形態を持つことが重要である。これは、コピュラが [NP Workers] ではなく [SC Workers angry about the pay] と一致していることを意味すると同時に、構成素を成していることも強く示唆している[25]:732-733。同種の文例を提示している研究として、Haegeman and Guéron (1999:109)[17]やCulicover and Jackendoff (2005:48)[22]なども参照のこと。

等位接続

等位接続は、同タイプの構成素間でのみ可能である[26][27]。下記の例のように、小節は等位接続が可能であり、この事実は小節が構成素を成していることを示唆している。

(
a.  He considers [Maria wise] and [Jane talented].
(
b.  She considers [John a tyrant] and [Martin a clown].

一方、等位接続を構成素テストとして用いることができるか否かには研究者間での意見の相違がある。これは、経験的事実として、構成素を成さない文法単位同士を等位接続できる例が存在するためである[28]

(
  Louis gave [a book to Marie yesterday] and [a painting to Barbara the day before].[28]:289

上記の例における to 句は目的語NPではなくVPの付加部であるが、これを含めた等位接続が可能である。このデータを考慮すると、ある文法単位を等位接続できるという事実があっても、関連する等位項同士が構成素を成しているとは限らないということになる。

構成素分析

小節が構成素を成すという分析には、大きく分けて以下の3種類がある[29]:163

  • SC分析
  • 述語範疇投射分析
  • 機能範疇投射分析

1つ目の分析は、Xバー理論の定式化中途段階で主流であった理論であり、小節の主語と述語はSC (small clause) という構成素を成すと仮定する。2つ目の述語範疇投射分析はStowell (1981)[20]により提唱された理論であり、Xバー理論に則り、小節主語を述語範疇最大投射内項として扱う (すなわち、小節の主語は語彙範疇投射の内側に位置し、構成素を成すと仮定する)[20]。3つ目の分析は、Bowers (1993[26], 2001[27]) などにより支持されている分析で、叙述関係を保証する独立した機能範疇の存在を仮定し、小節はこの機能範疇の最大投射であると分析する[30]。1つ目の分析方法はXバー理論との互換性がないことから、現行の統語理論では支持するのが難しいため2つ目または3つ目の分析が主流であるが、このうちどちらの分析を採用すべきかについても議論が分かれている。

SC分析

Citko (2011a:752)[2]

1つ目の分析方法として、小節の主語と述語は独立した別々の構成素を成し、さらにこれらが構造上の姉妹関係にあると仮定する方法が挙げられる。この場合、画像で示すように、小節は主要部のない外心構造を成し、その内部要素は統語上対照的な関係にあることになり、SCとラベル付けされる[31][32](この分析を採用する場合、ラベル付けは行われないと考える研究者もいる[33])。なお、この分析を採用する場合、Williams (1980)[18]の叙述理論のように、主語と述語を結びつける文法メカニズムが必要となる。

注意点として、この分析方法は「全ての句範疇は主要部をもつ」と仮定するXバー理論[34][35][36][10]との互換性がない。さらに、主語要素と述語要素を結びつける機能的要素は統語上存在しないことになるため、不正確な統語表示を仮定する分析方法であるという批判もありえ、実際に通言語的観点から考察を行うと、ウェールズ語[27]:310ノルウェー語[37]:160、さらに英語[27]などにおける様々な言語において、音形を持つ機能的要素により叙述関係が構築されていると考えられるデータが数多く存在する。一例として、Bowers (2001)[27]は、英語の事例研究において以下のようなデータを提示している (関連する機能的要素は太字で示す)。

(
a.  I regard Fred as insane.
(
b.  I consider Fred as my best friend.

この議論が正しい場合、主語と述語を仲介する音形を持つ要素がなくとも、通言語的に叙述関係は機能範疇により構築されるという分析が可能となる[2] (ただし、上記例文における as は機能範疇ではなく、語彙範疇Pであるという反論分析もある[24])。

述語範疇投射分析

Citko (2011a)[2]

2つ目の分析方法として、小節を述語主要部の投射として扱う方法が挙げられ、叙述関係上の主語は述語の最大投射指定部に生起すると仮定する[23]。この分析方法は、Chomsky (1970)[38]の提唱した句構造モデルに基づき、Stowell (1981)[20]とContreras (1987)[39]が発展させたものである。

Stowell (1981)[20]は、主語を指定部に生起するNPと定義し、さらに名詞句を構造上認可するために不可欠なは指定部で認可されると議論した上で、小節の構造を提案している[23]:6。この分析の利点として、NPは非定形節の指定部への投射が可能な一方、なぜこの種の節内に主語として生起できないのかを説明することができる[23]:6

この分析を採用すると、小節は以下の構造を持つことになる。

(
I consider [AP John [A' very stupid]].
(
I expect [PP that sailor [P' off my ship]].
(
I saw [VP John [V' come to the kitchen]].

また、小節が適格な文法単位を構成するためには、その内部要素も主動詞の選択制限に従わなければならない事実を説明できる[40]。例として、以下の例は主動詞 consider の選択特性が小節の内部まで及んでいることを示唆している[41]

(
a.  I consider [Mr. Nyman a genius].
(
b.  *I consider [Mr. Nyman in my shed].

(b) が非文であるのは、 「consider は補部にNPは選択するが、PPは選択しないため」という説明が可能である[41]

一方、この選択制限に関する議論については研究者間で意見の相違があり、例として、小節の述語にPPが使用されていても文法的となる場合がある。

(
a.  I consider [the team in no fit state to play].
(
b.  *I consider [my friends on the roof].[41]:159

また、小節が認可されるか否かには、意味的な要素も関わってくる[40]

(
a.  *The doctor considers [that patient dead tomorrow].
(
b.  Our pilot considers [that island off our route].

なお、通常は非文と見做される用例も、特定の文脈においては容認される場合がある。これは、主動詞と小節の意味的関係性が、文全体の容認度に影響を表すことを示している[41]

(
a.  *I consider [John off my ship].
(
b.  As soon as he sets foot on the gangplank, I'll consider [John off my ship].[42]:33

さらに、主動詞の格付与に関連する経験的事実も、小節の認可には選択制限が関わることの証拠となる。例として、動詞 consider の補部に生起する名詞句は対格表示されなければならず、主格は認可されない[41]

(
a.  I consider [Natasha a visionary].
(
b.  I consider [her a visionary].
(
c.  *I consider [she a visionary].

これは通言語的にも観察することができ、例としてセルビア・クロアチア語では、小節の主語は対格表示され、述語は具格表示される[43]

(
a.  (Ja)  smatram  ga  budalom
I.NOM  consider  him.ACC  a fool.INSTR 
(
b.  *(Ja)  smatram  ga  budala
I.NOM  consider  him.ACC  a fool.ACC 
'I consider him a fool.'

これは、小節の述語も主動詞に選択されることを示している。

一方、この分析方法は、移動現象の分析において理論的問題を生じさせる[1]:432

(
a.  Whati does John consider [AP Bill [A' ti]]?
(
b.  Howi do you want [NP your eggs [N' ti]]?

上記の例は#移動に基づく証拠からの再掲であるが、例示されている通り、中間投射の移動が可能であることを想定しなければならず、これは広く観察可能な経験的事実に反する。

機能範疇投射分析

Citko (2011a)[2]

3つ目の分析方法として、Xバー理論の主要部の原理に従い、小節はある機能範疇Fを主要部とするFPであると仮定する方法が挙げられる。この機能範疇はさまざさまラベル付けがされており、Bowers (1993[26], 2001[27]) のPr、Bailyn (1995)[44]Pred、Elide (1999)[37]Agr、Citko (2008)[45]




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