富士通ワイエフシー
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/04/24 08:42 UTC 版)
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種類 | 株式会社 |
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略称 | YFC |
本社所在地 |
![]() 〒221-0056 横浜市神奈川区金港町3-1 コンカード横浜15階 |
設立 | 1966年3月25日 |
業種 | 情報・通信業 |
法人番号 | 1020001024953 |
事業内容 |
情報処理システム 受託計算 |
代表者 | 西川 寮 |
資本金 | 1億円(2019年4月現在) |
売上高 | 42億円(2018年3月期) |
従業員数 | 161人(2019年4月現在) |
決算期 | 3月 |
主要株主 | 富士通株式会社 100% |
外部リンク | http://jp.fujitsu.com/yfc/ |
特記事項:2021年4月1日に富士通Japanへ吸収合併され解散。 |
株式会社富士通ワイエフシー(ふじつうワイエフシー)は、かつて存在した情報通信企業。本社は神奈川県横浜市神奈川区金港町のコンカード横浜に置いていた。
富士通グループに属していた。2021年4月1日付で、富士通新潟システムズ、富士通山口情報、富士通エフ・オー・エムの3社と共に富士通Japanへ吸収合併され、解散した。
会社概要
神奈川県内を中心に自治体、金融機関、学校などへアウトソーシングサービスなどを提供していた。
2007年4月より在宅勤務制度(テレワーク)施行。テレワークや育児休暇制度の充実により、2008年には横浜市より「よこはまグッドバランス賞」を受賞した。
2008年11月にオープンした医療ワンストップサポートセンターは、全国の病院のシステム(電子カルテなど)を24時間356日体制で集中監視する重要な施設であった。
沿革
- 1966年3月 - 富士通信機製造株式会社(現・富士通)と扶桑通信工業株式会社(現・扶桑電通)の共同出資により、株式会社扶桑ファコムセンターとして設立。
- 1971年5月 - 株式会社横浜銀行の資本参加を得て、商号を株式会社横浜ファコムセンターに変更。
- 1982年7月 - 川崎市中央卸売市場北部市場内に川崎営業所を開設。
- 1990年4月 - 商号を株式会社ワイエフシーに変更。
- 1996年9月 - インターネット接続サービス事業を開始。
- 1999年10月 - 銀行法の改正に伴い、横浜銀行保有分の株式を富士通が取得。
- 2001年4月 - 商号を株式会社富士通ワイエフシーに変更。
- 2007年3月 - 扶桑電通の保有株式を富士通が取得し、同社の完全子会社となる。
- 2007年9月 - 第8回テレワーク推進賞 優秀賞を受賞。
- 2008年1月 - 第1回よこはまグッドバランス賞を受賞。
- 2008年2月 - 第1回J-win Award敢闘賞を受賞。
- 2008年9月 - 第9回テレワーク推進賞 優秀賞を受賞。
- 2012年4月 - 株式会社富士通システムズ・イーストの子会社となる
- 2016年11月 - 親会社の合併により、富士通の直接の完全子会社となる
- 2021年4月 - 富士通Japan株式会社へ吸収合併され、富士通ワイエフシーは解散[1]。
特徴
- 京浜地区でも古い部類の計算センターであるため、京浜地区および神奈川県エリア、町田エリアでのアウトソーサーとしての認知度は高いが、システムベンダとしての認知度はそれほど高くない。
- 病院向け看護スケジュール支援ソフトや医療システムの監視サービスなど、医療分野での評価は高い。
脚注
- ^ グループフォーメーションの再編について富士通 2021年1月28日
外部リンク
固有名詞の分類
日本の情報・通信業 |
バンク・コンピュータ・サービス 日本ソフト開発 富士通ワイエフシー Mapion プランニング・テレビジョン |
日本のインターネットサービスプロバイダ |
Au one net ケイ・オプティコム 富士通ワイエフシー ゼンエーフーズ フュージョン・コミュニケーションズ |
横浜市の企業 |
ミレア日本厚生少額短期保険 リアルビジョン 富士通ワイエフシー 横浜エフエム放送 ライオンブリッジジャパン |
古河グループ |
新光電気工業 古河機械金属 富士通ワイエフシー 富士通エフサス 富士通マーケティング |
富士通の関連企業 |
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神奈川区の企業 |
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