宰相の君とは? わかりやすく解説

藤原豊子

(宰相の君 から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/02/27 01:55 UTC 版)

藤原 豊子(ふじわら の ほうし(とよこ)、生没年不詳)は平安時代中期の女官大納言藤原道綱の娘・宰相の君、美作三位。大江清通の妻。子に大江定経がいる。後一条天皇・敦成親王、後朱雀天皇・敦良親王の乳母。従三位典侍

略歴

一条天皇中宮藤原彰子に仕えた上臈女房。女房名は、宰相中将、弁の宰相の君、讃岐の宰相の君、美作三位などと称された。彰子所生の後一条天皇乳母を務める。後朱雀天皇誕生に際しては乳母の筆頭を務め、寛仁3年(1018年)8月28日の元服に際して正四位に叙されている(「東宮御元服部類記」巻15)[1]。彰子とは父親同士が異母兄弟(道長・道綱)の従姉妹にあたる。なお、道綱の妻の1人は彰子の母・源倫子の妹である(ただし、豊子の母親は不詳)。

歴史学者の角田文衛は、天元3年(980年)頃に藤原兼季の娘を母として生まれたのではないかと推測した上で、現在知られている豊子の身内に弁官の経験者がいないこと、清通は豊子の最初の夫とするのは余りに不自然である[注釈 1]ことから、最初の夫の没後に清通と再婚したとする説を唱え、最初の夫として倫子の異母兄で参議左大弁を務めた源扶義を有力な候補者として挙げている[2]

紫式部の親しい同僚の一人で『紫式部日記』にもたびたび登場、局でうたた寝していた様子を紫式部に「物語に描かれる姫君のよう」だと形容されて、その美しさを賞賛されている。彰子の最側近女房であり、大納言の君・源廉子小少将の君とともに後宮を支えた。亡き紫式部を娘・大弐三位が偲ぶ西本願寺本『兼盛集』の逸名十二首の詠歌群の編者であるとする説もある[3]。同じく彰子に仕えた赤染衛門とも親交があったことが下記詠歌から知られる。

後一条天皇の没後に息子の縫殿助某と共に出家したと伝えられている[2]

和歌

和歌は『後拾遺和歌集』哀傷に一首のみ入集。

赤染、匡衡に遅れ侍りて後、五月五日に詠みてつかはしける 美作三位

582 墨染の袂はいとどこひぢにてあやめの草のねやしげるらむ 

脚注

注釈

  1. ^ 大納言の娘の嫁ぎ先としては大江清通の官位が低すぎることに加え、清通の生年は不明であるものの、その父である大江澄明は道綱が誕生する5年前に死去していることから、清通は道綱よりも年上ということになる。

出典

  1. ^ 上原作和『紫式部伝-平安王朝百年を見つめた生涯』勉誠社、2023年、285-287頁。 
  2. ^ a b 角田文衞「後一条天皇の乳母たち」『王朝の明暗 平安時代史の研究 第二冊』東京堂出版、1977年、159ー168頁。 
  3. ^ 森本元子「西本願寺本兼盛集付載の佚名家集-その性格と作者」(『和歌文学研究』34号、1976年3月)

参考文献

  • 上原作和「女房一覧」『紫式部伝-平安王朝百年を見つめた生涯』勉誠社、2023年10月
  • 服藤早苗・東海林亜矢子『紫式部を創った王朝人たち-家族・主・同僚・ライバル』明石書店、2023年12月
  • 福家俊幸『紫式部 女房たちの宮廷生活』平凡社新書、2023年11月
  • 森本元子『古典文学論考 枕草子 和歌 日記』新典社、1988年9月

宰相の君(さいしょうのきみ)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/13 17:03 UTC 版)

暴れん坊少納言」の記事における「宰相の君(さいしょうのきみ)」の解説

本名藤原豊子ふじわら の とよこ)。中宮付き女房では古株梅壺筆頭陰陽道呪文急急如律令」が書かれ長いのようなものを持ち歩いており、局をしっかりと統制している。

※この「宰相の君(さいしょうのきみ)」の解説は、「暴れん坊少納言」の解説の一部です。
「宰相の君(さいしょうのきみ)」を含む「暴れん坊少納言」の記事については、「暴れん坊少納言」の概要を参照ください。

ウィキペディア小見出し辞書の「宰相の君」の項目はプログラムで機械的に意味や本文を生成しているため、不適切な項目が含まれていることもあります。ご了承くださいませ。 お問い合わせ


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「宰相の君」の関連用語

宰相の君のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



宰相の君のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの藤原豊子 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。
ウィキペディアウィキペディア
Text is available under GNU Free Documentation License (GFDL).
Weblio辞書に掲載されている「ウィキペディア小見出し辞書」の記事は、Wikipediaの暴れん坊少納言 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS