凝花舎
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凝花舎(ぎょうかしゃ)とは、平安御所の後宮の七殿五舎のうちの一つ。女御などが居住した他、清涼殿に近いことからしばしば東宮御所や摂政・関白の直廬(詰め所)ともされた。
庭に紅白の梅が植えてあったところから、梅壺(うめつぼ)ともいう。清涼殿からは北西。飛香舎(藤壺)の北。襲芳舎(雷鳴壷)の南。
凝花舎を賜っていた内で最も有名なのは、円融天皇の女御で、一条天皇の母である東三条院詮子(藤原兼家女)である。
その他に凝花舎を賜っていたのが知られるのは、
- 寛明親王(醍醐天皇第十四皇子、後の朱雀天皇)?
- 成明親王(醍醐天皇第十六皇子、後の村上天皇)
- 師貞親王(冷泉天皇第一皇子、後の花山天皇)
- 憲平親王(村上天皇第二皇子、後の冷泉天皇)
- 懐仁親王(円融天皇第一皇子、後の一条天皇)
- 御匣殿(藤原道隆の娘)
- 敦成親王(一条天皇第二皇子、後の後一条天皇)
- 後朱雀天皇女御・藤原生子(藤原教通長女)
なお『源氏物語』でも、冷泉帝の妃で、斎宮女御(秋好中宮)が凝花舎を局としたことで知られる。
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