嫌煙権・喫煙権
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/07 08:31 UTC 版)
嫌煙に関しての詳細は「嫌煙」を参照 かつては、家庭(自宅含む)・職場・飲食店・映画館・航空機・電車・プラットホーム・バス・タクシー・病院・学校など、私的な場所から公共施設に至るあらゆる場所で喫煙が許容されていた。たとえば、教師が授業中に咥えタバコで授業を行なったり、医者が咥えタバコで診察や手術を行なうことも多く、寧ろ暗黙の了解として社会からは半ば公認状態だった。しかし、1980年代中頃から、「アメリカ合衆国では自己管理が出来ない肥満者や喫煙者は出世できない」と言う噂を元に、職場での禁煙や分煙(喫煙所の設置)を導入する企業が現れ始め、これに端を発して徐々に国民的な禁煙活動が広まり、喫煙者から非喫煙者が、健康被害や臭いの付着等の迷惑を被らないようにする嫌煙活動へと発展して、嫌煙権が定着した。 嫌煙権が定着する事による喫煙者への圧力に伴い、喫煙者からは喫煙権が主張される様になった。これは法的になんら問題なく、また憲法で保障された自由権の行使であり、嫌煙者に非難されるべきものでは無いと言う主張に基づき、また1980年4月7日に起こされた嫌煙権訴訟にて、嫌煙権に否定的な判決が下された判例もそれを後押しした。2009年11月に、鳩山政権がたばこ税の引き上げを検討した際に、日本共産党の市田忠義書記局長は、健康問題とたばこ税問題を絡める事を批判し「禁煙権と同時に喫煙権もあり、国民的な議論が必要だ」と主張した。 嫌煙者は煙や悪臭による不快感や健康への悪影響などを強いられる事に大きな苦痛を感じている反面、喫煙者はこれらに無配慮で有ったり、又は逆に嫌煙者の苦情や禁煙活動により苦痛を感じており、その認識には大きな隔たりがあることから、当事者間においてしばしば感情的な対立を招くケースが見られる。このような感情的な対立がエスカレートとした事例としては、1999年に営団地下鉄の車内において、喫煙していた者に車内での喫煙をやめるよう注意したところ、アイスピックで左胸を数カ所刺されるといった事件が発生している。
※この「嫌煙権・喫煙権」の解説は、「日本の喫煙」の解説の一部です。
「嫌煙権・喫煙権」を含む「日本の喫煙」の記事については、「日本の喫煙」の概要を参照ください。
- 嫌煙権・喫煙権のページへのリンク