大破事故による前頭部復旧
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/29 18:41 UTC 版)
「近鉄10000系電車」の記事における「大破事故による前頭部復旧」の解説
1966年(昭和41年)11月12日、大阪線河内国分駅にて先行する上本町発名張行き準急(1480系)へ、本系列による上本町発宇治山田行き特急が衝突する追突事故が発生した。これに伴い、宇治山田寄り先頭車であったモ10007の前頭部が大破した。 事故後、本系列はその特殊性ゆえにこの時期には既に持て余し気味であったことや、後継車である10100系を含め非貫通の流線型運転台は増結時の取り扱いについて非常に不便であったことなどから復旧は遅れ、特に破損の大きかったモ10007は翌1967年(昭和42年)6月、鉄道趣味者から「蚕」や「ブルドッグ」、「モスラ」とあだ名された特徴的な流線型前頭部を撤去し、当時新造中の18200系に準じた仕様の特急標識や密着式連結器を備える、貫通扉付き前頭部を新造搭載のうえで復旧された。この際、同車のみ4枚折戸を他系列と共通の2枚折戸に変更している。また、同時にモ10001・ク10005も含めてATS(自動列車停止装置)の取り付けも行われた。 また、黄害対策として近鉄が保有するすべてのトイレ付き車両について、垂れ流し式からタンク式へ改造する工事を実施した際には、モ10001・07の車端部に設けられていたトイレはそのままタンク式とされたが、サ10004の車体中央部にあったトイレは床下スペースに余裕がなく、タンク式への改造が不可能であったため閉鎖され、代わりに使用頻度が極端に低下していたク10003の運転台を廃止・撤去し、そこに新たなタンク式トイレと洗面所を設置するという工事が1970年(昭和45年)に施工された。
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