地の果ての暗く蟹煮る海霧の町
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評 言 |
現代俳句協会編『現代俳句協会歳時記・秋』(学研)の、天文・霧の例句として収録されてある。金子兜太の「序にかえて」の中で〈ここで望蜀の念を述べれば、収録季語がどうしても東京中心になってしまって、各地域の独特の言葉を網羅できなかったことである。大きな宿題として残しておきたい。〉と書かれてある。 この歳時記の第一の特色は、現行の太陽暦に基づいて月次割で季節区分を行った事で、現行太陽暦によって培われた生活実感にあわせることが眼目とある。北海道に暮らす者にとっては歳時記の距離感が幾分近づいては来たが、掲句の「海霧」の多い季節は6・7・8月の夏の期間であり、海霧は「うみぎり・じり」と呼び、移流霧とも言われて、暖かく湿った空気が水温の低い海上や陸地に移動し、下から冷やされて霧を発生させたもので、夏の三陸沖から北海道の東海岸釧路などに発生させるのが海霧である。掲句は海霧(じり)と読み、一般的な霧の印象で捉えられると違和感を覚え、「蟹煮る」の季感も生きてこない。道東釧路の秋は霧の発生も夏より少なく四季の中では快適である。 細谷源二の〈地の涯に倖せありと来しが雪〉や石川啄木の〈さいはての駅に下り立ち雪あかりさびしき町にあゆみ入りにき〉の歌のように、北の地へ足を踏み入れた人々の受ける印象からの表出と、同じ「地の涯」や「最果て」の言葉への重量感は、その地に生まれその地に生活する人間の生(なま)な営みの表出として楓谷俳句は詠まれていよう。特に海霧(じり)の濃い日となると、どんよりと薄暗い町に重たく海霧が降り、服なども濡れる(因みに、ジリはふるもの、ガスはかかるものと言われる)。町の市場などでは、蟹を茹でたり蟹の鉄砲汁等を煮ている日常の風景が、いっそうこの北辺の地で生き抜く覚悟が見えてくる一句となっている。 |
評 者 |
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備 考 |
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