出雲振根とは? わかりやすく解説

出雲振根

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/07/29 08:50 UTC 版)

出雲振根(いずものふるね、生没年不詳)は『日本書紀』等に伝わる古墳時代の地方豪族。『古事記』には彼に関する記載は存在せず、倭建命出雲建を倒すときに同様の行為をした、と伝えられている。


  1. ^ 『日本書紀』崇神天皇60年7月14日条
  2. ^ 『日本書紀』垂仁天皇26年8月3日条
  3. ^ 『日本書紀』(一)、岩波書店、1994年、299頁。


「出雲振根」の続きの解説一覧

出雲振根

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/21 22:55 UTC 版)

崇神天皇」の記事における「出雲振根」の解説

あるとき、御間城天皇は出雲の宮に治められている神宝見たい使者送った神宝管理する出雲振根は筑紫国行って留守だったが、弟の飯入根代わりに神宝献上した筑紫から帰ってきた出雲振根はなぜあっさりと神宝渡してしまったのかと怒った年月経ても出雲振根の怒りは増すばかりだった。出雲振根は果し合いするべく飯入根を淵に呼び出した。出雲振根は「きれいだ。まず体を清めよう」と言い二人は服と刀を脱いで入った。出雲振根は先に上がって密かに作った真剣そっくりの木刀と弟の真剣をすり替えた。そして果し合い始まった飯入根が剣を抜こうとしても抜けない。剣の形をしただけの木なのだから当然である。出雲振根は容赦なく弟を斬り殺した。そこで世の人たちは歌を詠んだ。 「や立つ 出雲梟帥が 佩ける太刀 黒葛巻き さ身無しに あはれ」 なお、この話は『古事記』倭建命出雲建を討つ話と酷似している。

※この「出雲振根」の解説は、「崇神天皇」の解説の一部です。
「出雲振根」を含む「崇神天皇」の記事については、「崇神天皇」の概要を参照ください。

ウィキペディア小見出し辞書の「出雲振根」の項目はプログラムで機械的に意味や本文を生成しているため、不適切な項目が含まれていることもあります。ご了承くださいませ。 お問い合わせ


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「出雲振根」の関連用語

出雲振根のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



出雲振根のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの出雲振根 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。
ウィキペディアウィキペディア
Text is available under GNU Free Documentation License (GFDL).
Weblio辞書に掲載されている「ウィキペディア小見出し辞書」の記事は、Wikipediaの崇神天皇 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS