再び高松へ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/03 03:19 UTC 版)
それから一月ほど経った2003年5月、高松市で一人で暮らすDの元夫のところへ、Xが「Dがだらしないから迎えにこい」と電話をかけてきた。Dの元夫が尼崎に出向いて、Dを高松に連れて帰ると、その直後にXがD家長女と次女Nを伴いやってきた。D長女とNは尼崎でXに挨拶をしていなかったとD元夫妻を責め、暴行を加えた。さらに、Xは身内やK、そしてC家の親族を高松に呼び寄せ、D家に再び居座り始めた。 D元夫妻は再び金銭を要求され、暴力、虐待を受けた。暴力を振るっていたのは、主に娘やKだったという。D元夫の兄が心配してD宅に現れたが、軟禁状態にされ、しばらくすると、Xの指示で、弟であるD元夫に暴力を振るうようになっていった 。 こうした状況に対して、被害者やその親族・近隣住民らからの警察への通報・相談は合計36回あったが、主に暴力を振るっていたのが娘ら身内であることから被害届を出すのに消極的だったり、また、金銭問題などは親族間の問題としていずれも事件化されることはなかった。 2003年8月、D元夫は監視の隙をついて、DとD長女を逃がしたが、D長女は途中で発見され、連れ戻されてしまった。以降、さらにDの元夫への暴力は酷くなり、身の危険を感じたDの元夫は一旦、家を離れることを決意し、9月に家を出て、親類宅などに避難した。Dの夫は標的を失ったXらが娘らを解放して尼崎に戻るのではないかと考えていたが、しばらくしてから戻ってくると、家はもぬけの殻になっていた。10月ごろ、XらはDの長女、Dの次女N、Dの夫の兄を連れて尼崎に引き上げた。 2003年10月ごろ、Cの妹失踪。その後Xの家には戻っていない。何らかの事件に巻き込まれたといった話は出ておらず、自発的な失踪であると思われる。2014年2月に公開手配されている。
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