ラシオ空挺作戦とは? わかりやすく解説

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ラシオ空挺作戦

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/17 08:17 UTC 版)

挺進連隊」の記事における「ラシオ空挺作戦」の解説

1942年3月9日ジャワ作戦終了し挺進団はビルマ前進命じられた。参加部隊挺進第1連隊挺進第2連隊第3中隊および集成隊から成り第1連隊長武少佐指揮執るとされた。同年3月19日プノンペン列車に乗って出発4月8日ラングーン到着敗走する敵軍包囲するためラシオ部隊降下させ、追撃していた第56師団挟撃包囲撃滅ようとした。 しかし、降下時期航空機輸送能力問題過小戦力投入することに上級司令部躊躇していた。飛行隊集結はやや遅れており、4月23日に第5飛行師団司令部挺進幹部集まり空挺作戦具体検討始めた挺進飛行隊5月5日頃にトングー飛行場から出撃ラシオ急襲する計画であった第56師団進撃速度速く準備不足のまま27日28日決行する予定であったが第5飛行師団小畑英良29日決行命じた。 この作戦パレンバン違い奪取すべき目標無く退路遮断できる緊要地形付近に無かったこのため、敵に混乱状態を生起させるため敵部隊所在していそうな場所に降下させる計画であった決行日の29日朝に部隊出撃するも、悪天候のため引き返したこの際に1機が山中墜落、1機は片方エンジン故障のまま飛行した着陸寸前墜落した第56師団同日正午ラシオ突入しこれを占領した

※この「ラシオ空挺作戦」の解説は、「挺進連隊」の解説の一部です。
「ラシオ空挺作戦」を含む「挺進連隊」の記事については、「挺進連隊」の概要を参照ください。

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