ヨセフスによる歴代大祭司の解説
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「大祭司」の記事における「ヨセフスによる歴代大祭司の解説」の解説
フラウィウス・ヨセフスの『ユダヤ古代誌』では大祭司の系譜について、以下のように解説し、系譜(特筆ない場合は父から息子)も数か所に分けて掲載しているが一部矛盾する記述もある。 【幕屋時代】 エルアザル→ピハネス(エルアザルの子) 『ユダヤ古代誌』第V巻1章29節 エルアザルの死後息子のピハネスが大祭司を継承。 ピハネス(エルアザルの子)→アビシュア→ブッキ→ウジ→(傍系)エリ 『ユダヤ古代誌』第V巻9章5節 「エリは、アロンの二番目の息子イタマルの家を大祭司になって治めた最初の者。」 並びに系譜の説明をして、末尾に「ウジの後継者として、記述のエリが大祭司職に就いた。」としている。 エリ→ピハネス(エリの子) 『ユダヤ古代誌』第V巻9章2節 「ピネハスは父の高齢のため大祭司職を譲り受け」とある。 アヒトブ 『ユダヤ古代誌』第VI巻6章5節 『サムエル記』上14:36に登場する名前不明の祭司を「大祭司アヒトブ(アキトーボス)」としている。アヒトブは『サムエル記』上14:3でピハネス(エリの子)の息子でイカボデの兄弟とされている人物。 アヒア 『ユダヤ古代誌』第VI巻6章2節 「大祭司エリの子孫である大祭司アヒア」と呼ばれている。『サムエル記』によるとこのアヒヤの後「アビヤタル→アヒメレク」と大祭司は継承され、その後傍系のザトクに移る。 (ピハネス(エリの子)からアビヤタルの間でもう1人) 具体的に登場することはないが、『ユダヤ古代誌』第XX巻10章に「幕屋時代の大祭司は13人」とあり、第X巻VIII章6節でツァドクを「神殿ができて最初の大祭司」としているので、エリの子孫の大祭司がピハネスからアビヤタルの間でもう1人いないと計算が合わない。 【神殿時代】 「ザドク→アヒアマズ→アザリヤ→ヨラモス→ヨス→アクシオラモス→フィデアス→スダイオス→イゥエロス→ヨタモス→ウリアス→ネリアス→オダイオス→シャルム→ヒルキア→アザリア→(セラヤ→)ヨサダク」 第X巻7章6節 ここの系譜では最後のヨサダクはアザリアの子になっているが、直前の5節(p.272)で「大祭司セラヤの子ヨサダク」とあるのと第XX巻10章で「ソロモンの神殿時の大祭司は18名」とあることからアザリアとヨサダクの間が抜けているのは誤記でここにセラヤが入る。 歴代誌の系譜とは「ヨラモス」から「オダイオス」の中間部分が異なる(ヘブライ読みとギリシャ読みとの違いでもない)が、ヨセフスは「全員息子が父親の大祭司職を継承」と言っているので、オダイオスの後でヨラモスの兄弟の子孫である傍系に移った(歴代誌のは傍系側の系譜)と考えているわけではない。 「エホヤダ」と「アザリヤ」 第IX巻7章1節と第IX巻8章14節 ユダの王子ヨアシをアタルヤの手からかくまった人物を「大祭司エホヤダ」、勝手に香をささげようとしたユダ王のアザリアを止めた人物を「大祭司アザリア」としている。 ヨセフス自身による第X巻7章6節の大祭司リストには該当人物がいない(アザリアは2人いるが、アヒアマズの子でもヒルキアの子でも年代が合わない。)。
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