プリンストン 1918-1926
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2017/02/14 21:37 UTC 版)
「ジョン・グレッサム・メイチェン」の記事における「プリンストン 1918-1926」の解説
ヨーロッパから帰国した後, メイチェンは新約聖書の学者として働きを続けた。彼は増大する疾病に喩えられる近代主義神学(モダニズム、リベラル)と、議論できる本物の学者であると評価された。 『パウロ宗教の起源』、The Origin of Paul's Religion (1921年)は、メイチェンの最も有名な学術書である。 この本では、「使徒パウロの宗教がギリシア哲学に基づいたものであり、イエス・キリストの宗教と別のものだ」という、リベラル神学の主張に反駁した。 『キリスト教とは何か-リベラリズムとの対決』(キリスト教と自由主義神学)、Christianity and Liberalism (1923年)は、近代神学を批評したメイチェンの本で、キリスト教と自由主義神学の相違点を比較している。彼はこの本で「自由主義神学はキリスト教とは別の宗教」、「現代におけるキリスト教の主要な敵は、自由主義神学である。」、「キリスト教は聖書の上に立てられているが、自由主義神学は罪人の感情の上に立てられる。」と結論付けた。 これらの本はメイチェンを長老教会の中である神学的陣営に立たしめた。1920年代の彼の働きは、プリンストンと福音的な長老教会での働きにさかれた。 メイチェンは保守的な神学的立場にあったが、大衆的なキリスト教根本主義の運動を完全には受容できなかった。彼はキリスト教根本主義の運動で多くの人が信じた前千年王国説等を認めなかったが、それは改革派神学こそが聖書的なキリスト教信仰であるという立場によった。-この神学が当時のキリスト教根本主義運動に欠けていたと彼は考えた。さらにメイチェンの学者としての働きと近代神学に対する力は、根本主義運動の一部に見られた反知性的な態度と相容れなかった。
※この「プリンストン 1918-1926」の解説は、「ジョン・グレッサム・メイチェン」の解説の一部です。
「プリンストン 1918-1926」を含む「ジョン・グレッサム・メイチェン」の記事については、「ジョン・グレッサム・メイチェン」の概要を参照ください。
- プリンストン 1918-1926のページへのリンク