ビートルズとの会見とは? わかりやすく解説

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ビートルズとの会見

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/12 03:56 UTC 版)

エルヴィス・プレスリー」の記事における「ビートルズとの会見」の解説

プレスリービートルズ直接的な接点はなかったが、両者1965年8月27日ロサンゼルスプレスリー邸宅一度きり会見果たしたことがロック史に残る出来事として語られている。 ビートルズマネージャーであるブライアン・エプスタインパーカー大佐の間での「極秘打ち合わせ」という名目だったが、どこからか漏れてしまい、案の定自宅周辺には野次馬集まった諸説あるが、メンバージョン・レノンポール・マッカートニージョージ・ハリスンリンゴ・スター平静装いながらも、心を躍らせ招かれ部屋入った。そこでエルヴィステレビを見ながらベース練習してくつろいでいた。「本物エルヴィスだ」と感激した4人は呆然としてしまった。そこでプレスリーが「ずっとそうやって僕を見てるだけなら僕はもう寝るよ?せっかく演奏ができると思って待ってたのに」と声をかけた事から、慌てて4人は挨拶し即興演奏始まったプレスリーベース演奏しレノンハリスンギターマッカートニーピアノ演奏したスタードラムキット無かったため演奏しておらずビリヤードサッカー楽しんでいたという。 プレスリーは彼らの曲も歌いそのあとで「君たちレコード全部持ってるよ」と言った。これに対してレノンは「僕はあなたのレコード1枚持ってないけどね」と発言したことからその場凍りついた。これはレノン若気の至りとも、過激なジョークだったとも言われるが、プレスリーはその発言気分害してしまった。そしてその会見実際に立ち会ったという記者のクリス・ハッチンスによればレノンはさらに当時アメリカ軍による関与拡大続けていたベトナム戦争プレスリー賛同する姿勢と、プレスリーマンネリ気味であった映画痛烈に批判した。これらの事がきっかけレノンを嫌うようになったプレスリーは(事実上マッカートニーハリスンの曲はコンサート頻繁に取り上げているが、レノンの曲は取り上げていない。 この様に、レノン発言態度場の雰囲気壊したことで、この会見はとても成功したとは言えないものであったレノンはこの発言反省したためか後日プレスリー取り巻きに「エルヴィスがいなければ今の自分居ない」と伝えるよう頼んだという。しかしプレスリーレノンアメリカに住むようになり、ベトナム反戦運動積極的に行っていた頃、ニクソン大統領に「ジョン追放してほしい」と手紙出したとも言われている。

※この「ビートルズとの会見」の解説は、「エルヴィス・プレスリー」の解説の一部です。
「ビートルズとの会見」を含む「エルヴィス・プレスリー」の記事については、「エルヴィス・プレスリー」の概要を参照ください。

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