パウロからダビデへ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/26 06:19 UTC 版)
趙は世界宣教をするにあたって、訪問地の人々に名前を覚えてもらいやすいように、という配慮から「パウロ」(Paul Yonggi Cho)という英語名を用いるようになった。国の言語によっては、「チョー」などの発音があまり用いられないため、覚えにくかったからである。また、尊敬するパウロ先生のように神のために働きたい、という思いも込めていた。 1990年代初めごろ、韓国のアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団(以下AG)は、AG・キリスト/AG・イエスの2つに分裂した状態だった。統一に向けた話し合いが不調だったある日、神は「英語名をパウロからダビデ(David Yonggi Cho)に変えよ」といわれた。当時の汝矣島純福音教会の長老達に話すと猛反対された。趙は「名前を変えるのは本当に大変です。印刷物なども全部変えなければなりませんし、海外の方も別の人物と勘違いするかもしれません。長老も猛反対です。」と必死に神に説明するも、断固変えよと命じられた。 「パウロ・チョー・ヨンギの命を教団の統一という十字架に捧げよ。そしてダビデ・チョー・ヨンギとして復活するのだ。」神に指示された通りに両教団関係者との会合で宣言し、両教団は不可能かと思われた統一を電撃的に果たした。 2014年5月には、韓国教会の大統合のため、韓国基督教総連合会(韓基総=CCK、ホン・ジェチョル代表会長、67加盟教団)と韓国教会連合(韓教連=CCIK、ハン・ヨンフン代表会長、35加盟教団)の双方の関係者より趙が大統合の仲介役として推薦された。
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