ヌーディズムの歴史
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/13 04:38 UTC 版)
19世紀末、ヨーロッパにおいて、工業生産の増大と鉄道、自動車による加速度的な近代化に反発するかたちで、自然回帰の動きが高まり、ハンドクラフト運動、禁煙・禁酒運動、健康食、健康飲料(果実ジュースなど)、ダンス、海水浴、日光浴、ワンダーフォーゲル、ハイキングなど野外活動の推奨などが声高に叫ばれ始めた頃に、こうした運動がまずドイツで始まり、続いて他のヨーロッパ各国に広がり、さらにアメリカ大陸やオーストラリアなどにも広まった。1920年にフランス最初のナチュリズム施設「スパルタクラブ」がヴァル=ドワーズ県にでき、1950年にはフランスナチュリズム連盟(FFN)が設立された。ヨーロッパが東西の両陣営に分裂していた時分も、夏場には東欧諸国やソビエト連邦内部の欧州側にはこうした文化がしっかりと存在していた。2002年の時点においてFFN加盟のヌーディストキャンプは約170ヵ所あるが、小は数十人を収容できるだけの簡単なキャンプ場から、大は大西洋岸のEURONATのような数千人を収容できる規模まで様々である。自治体によって認可されているヌーディズム用の海岸及び川、湖は2000年時点で約70カ所である。2004年から2005年にかけて、中国や韓国でヌーディストビーチ開設の動きがあったが、実現しなかった。 2010年代に入るとヌーディズムは徐々に下火となり、クロアチアのアドリア海に面したヌーディストキャンプは、1980年代半ばの34か所から9か所にまで数を減らした。利用者も高齢化が進んでいる。
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