9784041096987
テスカトリポカ【Tezcatlipoca】
テスカトリポカ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/08/23 02:34 UTC 版)
テスカトリポカ(Tezcatlipoca)は、アステカ神話における主要な神の一つである。大熊座の神であり、夜空の神であり、アステカ民族の神殿に祀られた。
概要
神々の中で最も大きな力を持つとされ、キリスト教の宣教師たちによって悪魔とされた。Tezcatlipoca は、ナワトル語で tezcatl (鏡)、poca (煙る)という言葉から成り、従ってその名は「煙を吐く鏡」を意味する。鏡とは、メソアメリカ一帯で儀式に使用された黒曜石の鏡のことを示す。
その神性は、夜の空、夜の風、北の方角、大地、黒耀石、敵意、不和、支配、予言、誘惑、魔術、美、戦争や争いといった幅広い概念と関連付けられている。この神の持つ多くの別名は神性の異なる側面を示している。Moyocoyani (モヨコヤニ、自らを創造する者)、Titlacauan (ティトラカワン、我らは彼の奴隷)、Ipalnemoani (イパルネモアニ、我らを生かしている者)、Necoc Yaotl (ネコク・ヤオトル、両方の敵)、Tloque Nahuaque (トロケ・ナワケ、近くにいる者傍らにいる者の王)[1]、 Yohualli Ehecatl (ヨワリ・エエカトル、夜の風)[2]、Ome acatl (オメ・アカトル、2の葦)[3]、Ilhuicahua Tlalticpaque (イルウィカワ・トラルティクパケ、天と地の所有者)[4]などである。
赤、青、白、黒の4兄弟神があり、それぞれテスカトリポカと呼ばれるが、黒神が特にこの名で呼ばれている。眼には見えず、夜、猫の姿をかりて徘徊する。また火の発明者、太陽神、強酒の発見者などともいわれ、人間のいけにえを求めたともいわれる。
通常テスカトリポカは、身体は黒く、顔に黒と黄色の縞模様を塗った姿として描かれ、しばしば右足が黒耀石の鏡か蛇に置き換わった姿で表現される。これはアステカの創世神話において大地の怪物と戦い、右足を失ったことを表している。時として胸の上に鏡が置かれ、鏡から煙が生じている様子で描かれる場合もある。
テスカトリポカのナワルはジャガーであり[5]、神性のジャガー的な側面が Tepeyollotl (テペヨロトル、山の心臓)という神とされる[6][7]。
アステカの祭祀暦であるトナルポワリ暦でテスカトリポカはトレセーナ「1のオセロトル(ジャガー)」を司り、またアカトル(葦)の日の支配者である[8] [9]。
テスカトリポカの姿はオルメカ人やマヤ人に信仰された初期のメソアメリカの神々を思い起こさせる。いくつかの類似点が、マヤ神話の『ポポル・ヴフ』に書かれたキチェ族の神に存在する。ポポル・ヴフの中心的な神は、トヒル[10] という黒耀石を意味する名であり、生贄を要求する神であった。また、古典期マヤの統治と雷の神である「神K」は、煙を出す黒耀石のナイフを額につけ、片足が蛇に置き換わった姿で描かれている[11]。
ケツァルコアトルとテスカトリポカ
テスカトリポカはしばしば、アステカの文化英雄である神ケツァルコアトルのライバルとされる。創世神話の一つ「5つの太陽」において[12]、
最初の世界はテスカトリポカが太陽として支配していたが、52年周期が13回経過した(676年)後、ケツァルコアトルによってテスカトリポカは大きな棒で殴られ水の中に放り込まれ、太陽の座を交代した。そこで彼はジャガーに変身して水から飛び出し、世界に住んでいた巨人を皆殺しにしてしまった。
2番目の世界はケツァルコアトルが太陽として支配したが、52年周期が13回経過した(676年)後、ジャガーに変身したテスカトリポカが現れケツァルコアトルを蹴り、太陽の座から追い落とした。この世界に住んでいた者たちを強い風が運び去り、一部の残った者も猿に変身させられた。
3番目の世界はトラロックが太陽として支配したが、52年周期が7回経過した(364年)後、ケツァルコアトルが天から火の雨を降らせ、トラロックを太陽の座から引き摺り下ろした。
4番目の世界はチャルチウィトリクエが太陽として支配したが、大洪水によりこの世界に住む者は流され魚に姿を変えられた。今の世界は第5の世界に当たる。
別の創世神話においては、テスカトリポカ、ケツァルコアトル、ウィツィロポチトリ、シペ・トテックの4人の神が世界を創世したとされた。彼らはそれぞれ黒、白、青、赤のテスカトリポカと言われた。4人のテスカトリポカは、男女の二元性を表す始原神オメテクトリとオメシワトルの息子であり、世界と人と同様に、他の全ての神の創造者である[13]。
ケツァルコアトルとテスカトリポカの対立関係は、テスカトリポカがケツァルコアトルを騙し、トゥーラの支配者の地位から追いやったトピルツィン・ケツァルコアトルの伝説においても語られている。しかし、興味深いことはケツァルコアトルとテスカトリポカは共同で異なるものを創造し、両者とも生命の創造に関与したと見られることである。メソアメリカ地域宗教の専門家カール・タウベとメアリ・ミラーは、「何よりもテスカトリポカは衝突を通じての変化を具現化した存在である」と説明している[8]。
テスカトリポカは『ボルジア絵文書』(en)の最初のページにトナルポワリ暦における20日の象徴を身につけた姿で表されている。コスピ絵文書では闇の精霊とされ、ラウド絵文書でも同様である[14]。テスカトリポカ信仰は王権と関連付けられる。王の儀式において最も長く最も敬虔な祈りの対象であり、即位の演説の際にしばしば言及されたほどである。テスカトリポカの神殿はテノチティトランの祭祀区域のなかにあったとされる。
テスカトリポカの祭祀
テスカトリポカの祭祀は、アステカ太陽暦の5番目の月である Toxcatl (トシュカトル、乾燥)の期間に行われた。祭りの準備は1年前から行われ、神官によってテスカトリポカによく似た若い男性が選ばれた。祭りまでの一年間、男性は宝石を身につけ8人の従者をつけられ、神のような生活を送った。最後の1週間に歌い踊り大いに食べ、4人の若い女性と結婚した[15]。祭り当日、男性は神本人の如く崇められ、自ら神殿の階段を昇り、神官はその胸を切り裂き心臓を取り出し太陽への生贄とした。生贄の死の直後、翌年の祭りのために新しい犠牲者が選ばれた。9番目の月の祭りである Miccailhuitontli (ミッカイルウィトントリ、死の小祝宴) 、15番目の月の祭りである Panquetzaliztli (パンケツァリストリ、旗の掲揚)においても祭られた[16]。
大英博物館に、テスカトリポカを表したと考えられる人間の頭蓋骨を基材にした黒曜石と翡翠のモザイクのマスクが所蔵されている。マスクは1400年から1521年の間に製作されたと見られる。メキシコで発見され、1860年代にヘンリー・クリスティによって大英博物館に寄付された。モザイクのはめ石はターコイズと亜炭で作られ、その目は貝のリングと黄鉄鉱でできている。それらは30歳代と見られる人間の頭蓋骨の上に直接配置された。歯は頭蓋骨そのままのものだが、上前歯4本が無くなっている。頭蓋骨の後ろの部分は切断され、革が張られていた。頭蓋骨と顎の部分は革でつながれており、動かすことができる。大きさは高さ19.5センチメートル、幅12.5センチメートルである。おそらく着用者の腰の部分につけられたと思われる。マスクの発見場所は知られていないが、高位の神官か皇帝自身が使用したと考えられている。
神話におけるテスカトリポカ
アステカ創造神話の一つに、テスカトリポカとケツァルコアトルが力をあわせて世界を創造したという伝説がある。創世が行われる前には、2神の前には海しかなく、Cipactli (シパクトリ、ワニの女神)と呼ばれる大地の怪物がいた。怪物をひきつけるためにテスカトリポカは自らの足を餌にし、怪物はその足を食らった。2神は怪物を捕らえ、その身体から大地を作った。その後、人間が創造され、人々はシパクトリの苦痛を慰めるため生贄を捧げることになった。この伝説によって、テスカトリポカは片足がない姿で表される。
一方で他の創世神話において、テスカトリポカが太陽として世界を支配することになったが、ケツァルコアトルは宇宙を敵に支配されることに我慢ができず、テスカトリポカを打ちのめし空から追いやった。怒ったテスカトリポカはジャガーに姿を変え、世界を滅ぼした。ケツァルコアトルは太陽の座をテスカトリポカと替わり、世界の2番目の時代を開始する。 テスカトリポカはケツァルコアトルを打ち倒し、テスカトリポカの送った強風は世界を荒廃させ、生き残った人間は猿に変身させられた。雨の神トラロックが3番目の時代の世界の太陽となったが、ケツァルコアトルが世界を再び滅ぼす火を送り、生き残った人間は鳥に変身させられた。4番目の時代の世界は水の女神チャルチウィトリクエが太陽となったが、大洪水に破壊され、生き残った人間は魚に姿を変えられた[17]。
脚注
- ^ 意訳して「天と地の所有者」と解釈する説もある。テスカトリポカ以外の神にも用いられる。
- ^ 9柱の夜の神のうち、Ehecatl (エエカトル、風)の時間を司る神が Itztli (イツトリ、黒曜石)である。姿は黒いテスカトリポカと同一である。
- ^ Omacatl(オマカトル)とも書く。別の神と見なす説もある。
- ^ トロケ・ナワケ同様、他の神にも用いられる。
- ^ Nahual は「匿われた者」の意。魔術使いの動物
- ^ 創世神話における現在(第五)の世界は地震により終わると予言されている。また、第一の世界を崩壊させたのは一匹のジャガーである。
- ^ 次の2神もテスカトリポカの化身・忌み名として、同一視される。Chalchiuhtotolin (チャルチウトトリン、宝石の七面鳥)は、祭りの際にテスカトリポカを罪の象徴として雄の七面鳥で表したとされる。イツトリ (黒耀石)は名前の通り、メソアメリカ地域の鏡・ナイフの材料である。
- ^ a b Taube & Miller 1993 p. 164
- ^ ボルジア絵文書によると、「1のジャガー」はケツァルコアトル、「1のリザード」が Yayauhqui Tezcatlipoca (ヤヤウキ・テスカトリポカ、黒いテスカトリポカ)である。また、葦の日の神は Tezcatlipoca Ixquimilli (テスカトリポカ・イシュキミリ、目に包帯を巻いたテスカトリポカ)である。
- ^ Huracan、フラカンのことを指す。
- ^ Manikin Scepter (人間型の笏)としても知られる。今日では、K'awil (カウィール)と読むことが判明している。
- ^ 以下記述、『ラミレス絵文書』による。http://www.famsi.org/research/christensen/pinturas/index.html
- ^ 前述の『ラミレス絵文書』の神話では、Tlaclau queteztzatlipuca (トラクラウ・ケテスツァリポカ、赤い煙を吐く羽根)、Yayanque tezcatlipuca (ヤヤウキ・テスカトリポカ、黒い煙を吐く鏡)、Queçalcoatl (ケツァルコアトル、羽根のある蛇)、Omitecilt (オミテクトリ、骨の神)の4人であり、両親である神もトナカテクトリとトナカシワトルである。
- ^ 英語版に『ドレスデン絵文書』も同様との記載あり。ただしドレスデン絵文書はマヤの絵文書である。
- ^ ショチケツァル、シロネン、アトラトナン、ウィシュトシワトルの4神を模している。
- ^ 同じ戦争の神として、メシカ族の祖先神ウィツィロポチトリと同一視されていたため。
- ^ 洪水を生き残った夫婦が、5番目(今)の時代の人間の祖になったという伝説もあり、テスカトリポカが関係している。
参考文献
- 増田義郎監修 リチャード・F・タウンゼント著 『図説 アステカ文明』 武井摩利訳、創元社、2004年
- ル・クレジオ著 『メキシコの夢』 望月芳郎訳、新潮社、1991年
- Gisele Diaz, Alan Roders(1993), The Codex Borgia: A Full-Color Restoration of the Ancient Mexican Manuscript, Dover Pubns
関連項目
- ヨナルデパズトーリ - テスカトリポカの化身の一つであるとされる。
- ジャガーの戦士
- テスカトリポカ (小惑星)
外部リンク
テスカトリポカ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/05/25 23:14 UTC 版)
ククルカンと同じくアステカの女神。大戦争を引き起こし、世界を滅ぼすことを目論んでいる。まだ、本編では本格的な覚醒前で、主な登場は過去の回想シーン。
※この「テスカトリポカ」の解説は、「翡翠峡奇譚」の解説の一部です。
「テスカトリポカ」を含む「翡翠峡奇譚」の記事については、「翡翠峡奇譚」の概要を参照ください。
テスカトリポカ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/07 06:28 UTC 版)
「エリア51 (漫画)」の記事における「テスカトリポカ」の解説
※この「テスカトリポカ」の解説は、「エリア51 (漫画)」の解説の一部です。
「テスカトリポカ」を含む「エリア51 (漫画)」の記事については、「エリア51 (漫画)」の概要を参照ください。
テスカトリポカ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/19 00:33 UTC 版)
詳細は「テスカトリポカ」を参照 アステカ神話の主要な神の一柱で、神々の中で最も大きな力を持つとされるテスカトリポカは、数多くの異なる神性を有しており、夜の風の神としての名は「Yohualli Èhecatl;ヨワリ・エエカトル(意:夜風)」[ nci: yohualli(=night、夜)+ èhecatl(=wind、風)]という。人身御供を好むなど神性は凶悪なものが多く、それゆえにカトリック教会の宣教師たちの目には悪魔と映った。 後述するケツァルコアトルとは、創世神話において共同で世界を創造した仲ではあるが、それ以降の神話ではことごとくライバル関係あるいは対立関係にあり、2番目の太陽の時代の終わりには、太陽の座にあったケツァルコアトルを打ち倒したテスカトリポカが世界を強風で荒廃させた挙句、生き残った人間を猿に変えてしまった。また、ケツァルコアトルが人身御供を嫌って人々にこの習わしをやめさせた時、それを何より好むテスカトリポカがしたことは、恨みからケツァルコアトルに呪いの酒を盛って失脚させることであった。
※この「テスカトリポカ」の解説は、「風神」の解説の一部です。
「テスカトリポカ」を含む「風神」の記事については、「風神」の概要を参照ください。
テスカトリポカ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/06 02:13 UTC 版)
クアドリガ神属。攻撃属性は神。弱点属性は神。結合崩壊する部位は前面装甲、兜、ミサイルポッド。素材名は禁王、覇王。シリーズを通して登場する。
※この「テスカトリポカ」の解説は、「ゴッドイーター」の解説の一部です。
「テスカトリポカ」を含む「ゴッドイーター」の記事については、「ゴッドイーター」の概要を参照ください。
テスカトリポカ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/19 06:28 UTC 版)
「スプリガン (漫画)」の記事における「テスカトリポカ」の解説
作中では「テスカポリトカ」。2千年前に故郷を戦災で失い中南米に流れ着いた異邦人の子で、漂流の際に敵軍の襲撃で家族を失い、ケツアルクアトルに拾われ養子として育てられた。
※この「テスカトリポカ」の解説は、「スプリガン (漫画)」の解説の一部です。
「テスカトリポカ」を含む「スプリガン (漫画)」の記事については、「スプリガン (漫画)」の概要を参照ください。
テスカトリポカ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/12 08:01 UTC 版)
「とある魔術の禁書目録の登場人物」の記事における「テスカトリポカ」の解説
真のグレムリンメンバーであるアステカ神話のテスカトリポカに由来する「魔神」。片足に義足の代わりに黒く磨き上げられた丸い鏡を受けた浅黒い男。娘々によれば「ケツァルコアトルと間違えられたスペイン人に対抗する意味で生み出された」存在であるとのこと。
※この「テスカトリポカ」の解説は、「とある魔術の禁書目録の登場人物」の解説の一部です。
「テスカトリポカ」を含む「とある魔術の禁書目録の登場人物」の記事については、「とある魔術の禁書目録の登場人物」の概要を参照ください。
テスカ・トリポカ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/04 13:56 UTC 版)
デスサイズスの1人で、南アメリカ担当。本体は鏡。武器化した際は職人である猿里華の右足に装着される。
※この「テスカ・トリポカ」の解説は、「ソウルイーター」の解説の一部です。
「テスカ・トリポカ」を含む「ソウルイーター」の記事については、「ソウルイーター」の概要を参照ください。
テスカ・トリポカ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/04 13:58 UTC 版)
「ソウルイーターノット!」の記事における「テスカ・トリポカ」の解説
「鏡に映る着ぐるみを被った男を見ると魂が鏡の中に引きずり込まれる」という死武専8不思議の一つとして登場。
※この「テスカ・トリポカ」の解説は、「ソウルイーターノット!」の解説の一部です。
「テスカ・トリポカ」を含む「ソウルイーターノット!」の記事については、「ソウルイーターノット!」の概要を参照ください。
固有名詞の分類
- テスカトリポカのページへのリンク