スミス記念堂(旧須美壽記念禮拜堂)
名称: | スミス記念堂(旧須美壽記念禮拜堂) |
ふりがな: | すみすきねんどう(きゅうすみすきねんれいはいどう) |
登録番号: | 25 - 0254 |
員数(数): | 1 |
員数(単位): | 棟 |
構造: | 木造平屋建、瓦葺、建築面積52㎡ |
時代区分: | 昭和前 |
年代: | 昭和6年/平成19年移築 |
代表都道府県: | 滋賀県 |
所在地: | 滋賀県彦根市本町3-58 |
登録基準: | 造形の規範となっているもの |
備考(調査): | 設計・施工は地元の大工宮川庄助。 『滋賀県の近代和風建築』(滋賀県教育委員会 1994)。 もとキリスト教日本聖公会彦根聖愛教会。 |
施工者: | |
解説文: | 入母屋造妻入桟瓦葺で、正面に唐破風造銅板葺の1間向拝を付けるもと教会礼拝堂。正面3間に桟唐戸をたて、側面前寄り3間は窓を設ける。和風を基調としながら、十字架や葡萄、鳩などをモチーフとした彫刻や金具を施す。昭和初期の和風教会堂として貴重である。 |
建築物: | カトリック神田教会聖堂 キリスト友会フレンズセンター シャルトル聖パウロ修道院記念館 スミス記念堂 フロインドリーブ本店 ヴォーリズ記念病院礼拝堂 一宮家住宅 |
スミス記念堂
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/11/25 18:32 UTC 版)
ナビゲーションに移動 検索に移動スミス記念堂(スミスきねんどう)は、滋賀県彦根市本町にある礼拝堂建築。旧須美壽記念禮拜堂とも表記される[1]。昭和初期に建てられた和風の建築で、登録有形文化財[1]。
概要
1931年(昭和6年)、彦根高等商業学校(現在の滋賀大学経済学部)の英語教師で日本聖公会彦根聖愛教会の牧師でもあった、アメリカ人のパーシー・アルメリン・スミスが両親を記念するため彦根城の旧中濠端(現在は外濠)に建設した。この建築は彦根の宮大工、宮川庄助によって施工されたもので、花頭窓、唐破風などは、彦根城を参考にしたもの。和風を基調としているが、東西の様式を融合した独特の建築で、観音扉には、葡萄の蔓の巻き付いた十字架、鳩、松竹梅の文様などが彫られているほか、金具、欄干などで和風の意匠の中に西洋的意匠が取り入れられている。
1996年(平成8年)、都市計画道路の拡幅工事のためスミス記念礼拝堂を彦根に保存する会によって解体保存され、2003年(平成15年)に設立されたスミス会議に引き継がれて、2006年(平成18年)12月7日、解体部材を用いて再建された[2]。
脚注
- ^ a b “スミス記念堂(旧須美壽記念禮拜堂) 文化遺産オンライン” (日本語). bunka.nii.ac.jp. 2018年11月18日閲覧。
- ^ “スミス記念堂について : NPO法人 スミス会議” (日本語). smith-meeting.com. 2018年11月18日閲覧。
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