スペイン産ワインの黄金時代
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「スペインワイン」の記事における「スペイン産ワインの黄金時代」の解説
「en:History of Rioja wine」も参照 フランスでうどんこ病の影響が一段落した1870年代後半には、害虫フィロキセラ(ブドウネアブラムシ)がフランス全土のブドウ畑に蔓延し、再びスペイン産ワインの輸出量が増加した。フランスはスペインとの間で、1877年にワインに関する通商協約を、1882年には通商条約を結び、ワインの輸入関税を大きく引き下げた。1876年から1891年の15年間で輸出量は約8倍に増加し、スペイン産ワインのフランスへの輸出比率は1882年に81.8%にまで増加した。1870年代から1880年代はスペイン産ワインの「黄金時代」と呼ばれている。未開墾地が新たにブドウ畑となり、オリーブ畑や小麦畑がブドウ畑に転換された。1860年のブドウ栽培面積は約120万ヘクタールだったが、1892年には180万ヘクタール以上に増加した。この時期には、うどんこ病やフィロキセラの影響を避けるために、ボルドーの醸造家がピレネー山脈を越えて相次いでスペインに移住している。リオハでは主としてガルナッチャ種とテンプラニーリョ種が栽培され、1865年にボルドーで行われたワイン品評会で、リオハのリスカル侯爵が一等賞を勝ち得ている。225リットルのオーク樽が導入されたのはこの時代である。
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