ジェームズ・メイブリック
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「切り裂きジャックと疑われた者たち」の記事における「ジェームズ・メイブリック」の解説
詳細は「ジェームズ・メイブリック(英語版)」を参照 ジェームズ・メイブリック(James Maybrick、1838年10月24日 - 1889年5月11日)はリバプールの綿花商人。妻のフローレンスは当時騒がせたヒ素による毒殺事件の犯人として有罪判決を受けたが、この裁判は当時の容疑者ジェームズ・ケネス・スティーブンの父親ジェームズ・フィッツジェームズ・スティーブンが主導したものであり、おそらく不当な裁判だったと考えられている。シャーリー・ハリソンは、著書『Jack the Ripper: The American Connection』においてメイブリックが切り裂きジャックであり、テキサスの「サーヴァント・ガール・アニヒレーター」(直訳:少女使用人殺戮者)でもあると指摘した。1990年代にメイブリックが書いたとされる日記が、マイケル・バレットに出版された。ここには自分が切り裂きジャックだという告白があった。しかし、1995年にバレットは自分が作成した捏造であること告白し、偽造方法についても詳細に説明した。また、妻のアン・バレットと共に行ったことも明かした。アンは離婚後に捏造を否定し、また何度か話が変わっている。歴史家によるいくつかの事実誤りの指摘で日記の信頼性は失われており、文書鑑定の専門家は日記を偽物と断言した。筆跡はメイブリックの遺書と一致せず、またインクには1974年まで販売されていなかった防腐剤が含まれていた。
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